悠久フィロソフィー

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D.D.外伝第二十四話

第二十四話 嵐と乱入
 
 
 沈黙は竜也が声を出すまで数瞬続いた。
「あ?」
「だから、木本君とこの人で昨日みたく勝負するんですよ。瀬木さんとやったみたいに」
 昨日。
 木本竜也と瀬木一の勝負は――賭けだった。
 お互いに条件を設けての、賭け。
 勝者が権利を得る。
 敗者は優勢を失う。
 賭け。
 勝敗によって――論争に分かりやすく決着をつける。
 分かりやすく、単純に、明解に、決着させる。
 
「冗談じゃねえ」

 竜也の顔が、一気に歪む。
「えー? 何でですか?」
「これは『本物の』事件かもしれないんだぞ? 遊びで終わるようなことじゃない」
 遊び。
 ゲーム。
 賭け。
 それは軽すぎるもの。
「うっせえんだよ!」叫んだのは、答矢。
「お前ら、こうやって本物の事件起こしておきながら何をぬけぬけと――」
「そりゃお前だよ」
 瀬木が視線を遣った。
「うるさい。お前に何かを意見する権利なんかねえんだよ」
「なっ……」
「少なくとも、今、ここにおいては、な」
 そうしてまたルシナを見た。
 どこに視点をあわせればいいのか把握しきれず茫漠としていた英仁と沙耶も、彼に倣ってルシナを見た。
 意識が集まる。
 提案者に注がれる。
 
「だったら」そんな彼女は弾むように。「昨日の木本君は『本気』じゃなかったんですか?」
 
「本気?」
「本気、です。今日のこのゴタゴタも、昨日のあのゴタゴタも――」
 意識を集約させたその彼女が見据えるのはただ一人。
 壁にもたれかかり、冷たい表情のまま立つ木本竜也だった。
「同じなんですよ」
 彼にだけ、そんな言葉を見せる。
 
 
「私にしてみれば、同じことにしか見えませんね」
 
 
「…………」
 無表情、のはずだった。
 しかし竜也の顔には――ごくわずか、変化が起きていた。
「?」瀬木はその雰囲気の差異を感じた。「リューヤ?」
 それにも構わず、竜也はやれやれといった風に溜息を吐いて言う。
「お前は……」
「はい」
「また、それか」
「そうですね」
「…………」
 そして目を伏せる。
 意識して、何も視界に入れないようにするかのごとく。
 
 
「――分かった」
 
 
 二つ返事。
 にして、意見を翻した。
「それでいいだろ――決闘して、俺らとこいつと、どちらの立場が上かをはっきりさせる」
「はい! そういうことですね!」
 ルシナは終始一貫した笑顔でそう受け答え、そして振り向く。
 話の流れに振り回される、瀬木一と、市田沙耶と、浦上英仁を見た。
 
「ってことでー」
 無垢な顔だった。
「木本君とこの人の勝負で全部決めちゃう! ってことで」
 
 勢いのままにそれだけ言い放つ。
「ねえ」恐る恐る声を上げたのは沙耶だった。「その――『デュエル』っていうのは?」
「ああ、それは」
「見てりゃ分かりますよ」
 はしゃぐルシナに瀬木は一歩進んだ。
「――仕方ない。ここで何をもめていても埒が明かないんだ」
 真剣な顔になって、提唱者に向き合う。
 
「だったら、少しでも打開策を講じないとな」
 
「話が分かりますね、瀬木さん」
「だが、問題は」
 ぎろりと、瀬木の顔が床を向いた。
「こいつが賛同するかどうか、だな」
「あ」
 対戦相手がいなければ勝負も何もない。
 安城答矢。
 
「あん?」
 
 睨み付けるように見上げるが、鉄鎖で縛られているためか迫力に欠ける。
「おま」
 口を開きかけた瀬木を押しのけて、ルシナがずいと寄った。
「あの、あなたの好きなカードゲームで勝負する気ありませんか?」
「何でもいいからさっさと解放してくれってんだ!」
 もはや自暴自棄気味だった。
「じゃ、あなたが勝ったらこの部屋から無条件で解放。それでいいですか?」
「それでいいから早く解放しやがれ!」
 彼女の顔が不敵な笑い顔を浮かべる。
 遊部ルシナ。
「にひ」
 立ち上がり、竜也を見遣る。
「木本君、勝負するそうですよ」
「ああ」
 簡単に返事をすると彼は壁を離れ、しゃがみこんで鎖に手をかける。
 数箇所を触って、答矢を縛っていたその要を探す。
「……ここか」
 一箇所のポイントから、すっと、何かを抜き出した。
 それは一本のピン。
「立て。これでもう、ほどけるだろ」
「ちっ――エラそうに命令しやがって」
 と言いつつも、しっかりと立ち上がる。
 つまり、立ち上がるために腕を動かせる程度には、鎖は緩んでいた。
 答矢が軽く腕を動かすと、細い鉄はじゃらり、という音を上げて床に落下した。
「はっ」
 少し腰骨を鳴らし、簡単な整理運動を行って、瀬木を睨んだ。
「デッキ、返せよ」
「……ああ」
 それは白衣のポケットから取り出される。
「ほらよ」
「ふん。じゃ、とっとと始めようや」
 するするとデッキの構成を確認すると、デュエル・スペースを指し示して言う。
 まるで主導権でも握ったかのように。
 水を得た魚のごとく。
「何だ、急に元気になりやがって」
「ああ? 何か言ったか?」
「何も?」
 瀬木と答矢の間に一瞬、火花が散った。
「おい」
 その声は、今度は竜也に向けられる。
 相変わらず冷ややかに立っていた竜也に。
「お前が相手だろ? さっさと来いよ」
「ああ」
 竜也も歩き出す。
 その左手をズボンのポケットに突っ込みながら。
 二人は少しずつ、その場所に近付いていった。
 嵐の前の静けさとでもいうかのように。
 竜也の左手が、ポケットから抜き出された。
 その手は――

 一つの箱を、握っていた。
 
 
提唱【木本竜也と安城答矢の勝敗で意見の優劣を決定する】
 
 
「始めるか」
「ああ」
 二人が台の前に立って――
 
 
 
「ちょっと待て!」
 
 
 
「あ?」
「ん?」
「え?」
「は?」
 四人が意外性を帯びた瞳で振り向いた。
 その唐突な発現を行った彼に対して。
 
 
「さっきから……俺らばっかり除け者にすんなよ! おもしろくねえ!」
 
 
 快活な笑顔とともに叫んだ男――
 浦上英仁だった。
 
「竜也!」
「あ?」
「俺と代われ!」
 
 言うが早いか、英仁は突進して、竜也を突き飛ばした。
「がっ……!」
 その体は刹那の浮遊をして、背後の棚に打ち付けられる。
 衝撃で、部屋全体が軽く振動する。
「へへ、悪いな」
「エージ……お、お前……」
 苦しそうな顔をして声を絞り出す竜也にも構わないで、英仁は答矢を見た。
 
「おい、俺と勝負しようぜ」
 
「はっ」威勢よく返事は返ってきた。
「相手が誰だろうと同じだってんだよ!」
「言ったな! その言葉よく覚えておきやがれよ!」
 
 
 
『デュエル!』
 
 英仁LP:8000
 答矢LP:8000
 
 
「ちょ、ちょっとちょっと……」
 沙耶がひたすらうろたえる横で、ルシナは苦笑しながら瀬木を見た。
「あの……止めなくていいんですか?」
「いや、もう開始してしまった以上は――止まらないな」
 その顔は引きつっていた。