悠久フィロソフィー

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D.D.外伝第二十五話

第二十五話 青と恐竜
 
 
「ねえ」
 沙耶がルシナの肩をつついた。
「はい?」
「今から何が始まるの? ……浦上くん、何する気?」
 振り返ったルシナは、沙耶の不安げな表情を見て苦笑いした。
 状況についていけないのだろう。
 なら自分と同じだ。
「よく分かりませんよ。私も。でも」
 だが答える。
 
「でも――きっと楽しいことです。何せ、私が提案したことですから」
 
 それは、確固たる確信の下に。
「ふ、ふーん……そう。じゃあ、私はせいぜい見守らせてもらうわ」
「そうですよ。何も怖がることなんかないですから」
 
 
 
 成り行きで勝負が開始する。
 

 
先手を取ったのは英仁だった。
 
「俺の先攻、ドロー!」
 
 成り行きで始まった勝負。
 それをワガママで捻じ曲げた勝負。
 英仁は思う。
 この勝負――
 
「絶対負けねえ! 俺はカオスエンドマスターを攻撃表示で召喚!」
 
 英仁がカードをセットすると、彼の目の前に光が渦を巻いた。
 現われ出てくるのは、天使のごとき双翼をはやした一人の戦士。
 
 
「カオスエンドマスターか」
 答矢が呟く。
「上級モンスター主体……俺と同じだな」
 
 
「ちょっと――何よアレ!」
 突然に出現したモンスターを目の当たりにし、沙耶が驚嘆の声を上げた。
 見たこともない立体投影が作り出されている。
「まあまあ」ルシナがなだめた。
「びっくりするのは早いですよ。これから始まるのは、戦いですから」
 
 
「カオスエンドマスターっつーことは」
 瀬木が腕を組んだまま、眉をひそめて英仁の手を見ていた。
 そばに来ていた竜也がその続きを引き継いで言う。
「あいつ、まだデッキ変えてないな」
「またあのネタデッキかよ……エージのバカヤロウ」
 それは苦々しく、吐き捨てるように。
 
 
「さらにリバースカードを1枚セットしてターンエンドだ!」
「俺のターン……ドロー」
 答矢はドローしたカードを一瞥しただけで、すぐにカードを手にした。
 
「手札より永続魔法カード、冥界の宝札を発動する」
 
「冥界の宝札?」英仁が聞き返す。
「また妙なカードを使うな」
「さらに、俊足のギラザウルスを2体、自身の効果で特殊召喚する!」
 
 一瞬にして、答矢の場に2体の下級モンスターが出現した。
 俊足のギラザウルスを特殊召喚したところで、英仁の墓地にモンスターは1体もいない。よってその蘇生効果は発動されることもなく――答矢はいとも簡単に、場の駒を揃えた。
生け贄召喚デッキか――!」
「さらに俺はてふ」
 
 
 
「あーっ!」
 
 
 
 何の前触れもなく突然巨大な声を張り上げたのは沙耶だった。
 答矢の前に並んだ2体のギラザウルス。
 それらを指差し、わなわなと小刻みに震えている。
 
「何だ?」竜也が面倒くさそうな顔で見た。
 沙耶は続けて叫んだ。
 
 
「恐竜だー! 私の大好きな! 恐竜!」
 
 
「きょ……恐竜が好きなの? 市田さん?」
 尋ねる瀬木の力の抜けた声に、沙耶は俄然興奮して、
「そうよ! 私は考古学部2年市田沙耶、特技は古代史、中生代!」
「いや聞いてないから」
「恐竜大好きの女子大生!」
 一人で勝手に盛り上がる沙耶をよそに、また、それに呆然とする竜也と瀬木をよそに、
英仁は呆れたような顔でオーディエンスのほうを向いた。
「あー。市田さん、恐竜見ると見境なくなるから」
「きょーりゅ、きょーりゅっ」
「あ、ちょ、沙耶さん! ダメですって、あれは立体映像なんですよ!」
 スキップでソリッドビジョンへと駆けていく沙耶を、ルシナが必死に止める。
 
 
「ったくよ……昨日もそんなだったな」
 
 
「何?」
 答矢のぼやきを、竜也は聞き逃さなかった。
「お前今、何て言った?」
「はっ」
 高らかに鼻で笑って、答矢は吠えながら、
 
 
「昨日こいつを出した時も同じ態度だったな――っつったんだよぉ!」
 
 
 カードを1枚、叩きつけた。
 
 
「出てきな! 暗黒恐獣!」
 
 
 2体のギラザウルスの姿が消え、代わりに漆黒の巨体が姿を現す。
 力強く、凶悪な容貌をした、最上級の恐竜モンスター。
 危険な面構えと、猛々しい咆哮。
 
 ブラック・ティラノが召喚された。
 
「あー! そのコは昨日のティラノちゃん!」
「やはり、お前が――!」
 
 息を飲んだ沙耶と英仁に、目を向けられた青年は応じる。
 
 
「ああそうさ! 俺が昨日、こいつらのいたコンビニをこの恐竜で襲撃した!」
 
 
「貴様、ついに白状しやがったな」
 言う瀬木の手は堅く握られていた。
「やはり俺の開発した技術を悪用しやがっていたのか――!」
「は! それの何が悪い!」
 答矢の声は荒く、粗野な響き。
「誰が作ったかなんざ知ったことじゃねえ! 使う奴が一番上なんだよ!」
「黙れ! 見苦しい!」瀬木も負けじと声を荒げた。
「こうなったらお前を確実に始末するまでだ! エージ!」
「あ? な、何だ?」
 瀬木は犯罪を自白した男を人差し指で示して、命じた。
 
「こいつを確実に倒せ」
「りょーかい」
 
 軽い英仁の返答に、答矢は嘲笑する。
「誰が誰を倒すって? 聞こえねえよ」
「俺がお前を倒すんだよ、犯罪者」
「ほざきやがれ! バトルフェイズだ!」
 
 暗黒恐獣の体勢が低くなる。
 突進の構え。
 
「ブラック・ティラノでカオスエンドマスターを攻撃する!」
 
 そのまま突っ込んだ。
 沙耶の「おおー!」という叫びが伴った。
 
「伏せカードも警戒せずに攻撃か? 単調バカめ」
 英仁は伏せていたカードを開く。
 
 
「トラップ、発動! ライジンエナジー!」
 
 
「何!?」
「手札を1枚捨て、カオスエンドマスターの攻撃力を1500ポイント上昇させる!」
 
 カオスエンドマスターに力が注ぎ込まれ、その攻撃力は暗黒恐獣を上回った。
 戦士の迎撃が、巨大なモンスターを打ち破る。
 
「カオスエンドマスターの迎撃で暗黒恐獣を撃破!」
「くっ」
 
 
 答矢LP:7600
 
 
「さらに――」
 まだ終わってはいなかった。
 カオスエンドマスターの効果は戦闘破壊したときに発動するもの。
 もちろん、相手ターンであっても。
 
 
「カオスエンドマスターの効果発動! デッキから、レベル5以上で攻撃力1600以下のモンスター1体を特殊召喚する!」
 
 
「出るな」
「ああ」
 瀬木と竜也は呆れた声を漏らした。
「間違いない」
「あの馬鹿」
 
 
「俺はデッキからこいつを特殊召喚するぜ!」
 
 
 叫んだ彼の前にモンスターが出現してくる。
 それは、上級モンスターの中でも最高級のレベルを持った――
 
 
「まさか」
 答矢が声を上げた。
「まさか――!」
 
 
「そう、そのまさか」
 
 
 モンスターが特殊召喚される。
 
 
 現われ出るのは小さな体。
 青い肉体、小さな体。
 何の装備もせず、何の力の片鱗も見せず。
 宙を舞う紙飛行機の上でバランスをとる――
 
 
 カオスエンドマスターが呼び出したモンスター。
 コイツだった。
 
 
「言っただろ?」
 英仁がちゃめっけたっぷりに言った。
「デッキからこいつを特殊召喚するって」