悠久フィロソフィー

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D.D.外伝第二十二話

第二十二話 声と足音
 
 
「さて」
 
 瀬木が呟いた。
 そこは名木嶋研究室。昨日、瀬木と竜也が一騎打ちをした場所。
 またも――舞台。
 
 放り投げられしは、安城答矢。
 
「ぶっ!」
 
 担ぎ上げられ床に叩きつけられた彼はテープの下で悲鳴を潰した。
 相変わらず縛られたまま、身動きはとれない。
 完全なる固定。
 五体不満足であった。
「うし、ご苦労リューヤ」
「これからが正念場だ。どこまで吐かせられるか……」
「とりあえずこのテープ取ってやろうぜ。何も話せやしない」
「ああ、そうか。それもそうだな」
 竜也は今更のように気付く――もっとも気付いていなかったフリだっただけだが。
 打ち倒されている青年の口元に指をかけ、一気に、
 
「っと」
 べり。
 引き剥がす。
 
 
「っだああ!」
 
 
「痛いな……」
 瀬木の顔が卑屈に失笑した。
 それを見てか否か、転がっている彼は大声を上げた。
 
「って、手前らぁ! 何しやがる!」
 
「何って」
 瀬木は肩をすくめた。竜也と一度目配せして、
 
「拉致」
「監禁」
「拷問」
「詰問」
「脅迫」
「恐喝」
「強姦」
「幽閉」
「誘拐」
「逮捕」
「確保」
「抑留」
「拘泥」
「固定」
「封鎖」
 
 二人で立て続けにまくし立てた。
「そんなとこかな?」
「今どう考えても男にできないこと1個混じってたろ!」
「え? おれ何か言ったっけー?」
「この……眼鏡割るぞテメエ!」
 転がされたまま叫ぶ答矢もむなしいばかりだった。
 竜也はそのままの位置で彼を見下ろすと静かに言う。
「大声を上げても無駄だ」
「……あ?」
「ここは元々音響の研究室。防音対策は万全、その名残もある」
 つまり。
「いくら声を出したところで、外部には届かない」
「…………」
 答矢の狙いは、片鱗を表す前に竜也に見破られていた。
 驚きと畏敬と悔しさをにじませた表情が彼の顔に浮かぶ。
「くっ……」
「さて、聞かせてもらおうか」瀬木が眼鏡を光らせる。
「お前は何者だ?」
 ひとつ。
「お前はどこでおれの立体映像技術を盗んだ?」
 ふたつ。
「お前はこれを個人の力で盗んだのか?」
 みっつ。
「それともお前の他にも仲間が、組織のようなものがあるのか?」
 よっつ。
「だとしたらその長は誰だ?」
 いつつ。
「その組織の名前は何だ?」
 むっつ。
「街で出没する怪物の噂とお前は関係があるのか?」
 ななつ。
「何故このディスクを作り、携帯していた?」
 やっつ。
「どうやってこのディスクを作った?」
 ここのつ。
「どうやってこのディスクを作動させた?」
 とお。
 質問の数は――十個。
「けっ」答矢の返事は拙い。「そんなにいちいち答えてられるかよ」
「そうか。じゃあまずは聞かせてもらおう。お前、名前は?」
 縛られ倒れた青年はふんと思案するような顔を見せた後、
「答矢。安城答矢だ」
 そっけなく呟いた。
「トーヤね。リューヤとかぶるな」
「黙れ」
 竜也の静かな反論が響いた時、研究室の扉が勢いよく開いた。
 
「あ、やっぱりもう来てましたね」
 
 遊部ルシナだった。
「来たか」
「やあ、こんにちは、遊部さん。今日も来てくれるなんてね」
「どうも瀬木さん。……あれ?」
 ルシナは少し視線を漂わせると、おもむろに疑問の眼差しを向けた。
「今日はあの1年の子、いないんですか?」
「ああ、日野辺さんなら今は講義に出てるよ。今日は来ないんじゃないかな」
「そうですかあ。で、その代わりに」
 その視線はおよそ形状を変えず質を変えず、床に向けられる。
 寝転がる一人の男。
 昨日の今頃は――日野辺むとのがあのあたりにいたっけ。
「昨日の方ですね?」
「ふん――」
 女性のルシナに見下されたのが気に障ったのか、答矢は目を反らす。
安城答矢、だとよ」竜也がそれを指差して言った。
「へ?」
「こいつの名前」
「へえ、答矢っていうんですか。木本君とかぶってますね」
「黙れ」
 また同じ事を。【繰り返しはギャグの基本】ってか?
 竜也は答矢と似たような顔をした。
「で」
「で?」
「何か聞きだせましたか? この人から」
「いや」瀬木は首を横に振る。「何も。強情だよ、彼」
 
「何が『強情』だっ!」
 
 答矢が叫んだ。
「いきなり人を襲って捕まえやがって、お前ら自分の罪が分かってんのか!」
「あー」
 ルシナはわざとらしく耳をふさいだ。
「それ言っちゃおしまいですよー。私たちは正義の悪役ですから」
「黙れ! お前、言ってることがメチャクチャだぞ!」
 そこに関しては同意できるな。と竜也は声に出さず首肯した。
 意外とさっきから思考がシンクロする。
 かぶってるからか?
「うーん、でも確かにそれ言われると厳しいんだよな」
 瀬木が腕を組んで口をへの字に結んだ。
「この男――あ、そうだちなみに歳いくつ?」
「けっ、何だ今更。十九だ」
「あそ。大学だと二年生か。じゃ遠慮なく呼び捨てできるね」
「てめっ……!」
 暴れようともがくものの、彼を縛っている拘束は解けない。
 どれだけもがいても、身動きはとれない。
 
 それは鎖。
 
 細い鉄鎖が、答矢をぎちぎちと縛り付けていた。
 何でこんなものを――と思っているのは彼だけだった。
 こいつら、やばい。
 思ったところで身動きは取れず。
「答矢、っていったっけね。お前のディスクの技術はおれのものとほぼ同一だ」
「はん」それでも強気に、笑ってみせた。
「何を根拠にそう言い切れる! この程度、今の科学力なら」
「そう、それが問題」
 答矢の言葉をぶった切り、重く言葉を紡ぎだす。
 機械のように。
 無機のように。
「それがおれのだっていう直接的な証拠はないんだよなあ」
「ほら見ろ」
「でも昨日、私と木本君は見ましたよね?」
「ああ――ソリッド・ビジョンで勝負をしているところ」
 
 思い描かれるのは昨晩の路地裏。
 裁きの龍の圧倒的な一撃――
 
「そうだ、瀬木」
「何?」
「少なくとも、もう一人いる。こいつの勝負の相手が」
「ふうん」
 瀬木の顔はそれでも晴れない。
 いまひとつ。
「それでもこいつが単独でないといえるだけ……決定さに欠ける」
「は、はん。それ見ろ、何も言い切れないじゃねえか!」
 威勢のいい答矢。
 と――
 
「ちょっと、こっちで合ってるの?」
「いいってさっきから言ってるだろ、こっちだよ」
「だってこの先に何があるか私しらないし!」
「ああもう、いいから、こっち!」
 
 声と、足音が近付いてくる。
 男の声と女の声。
 
「ここ?」
「そう、ここだよ」
 
 やがて、扉が開いた。
 
「おう、瀬木」
「あ――エージ! どうした、何の用だ?」
「何ってわけでもないけどよ」
 エージ――浦上英仁は一歩のいて、後ろにいた彼女を一歩前に出させた。
 市田沙耶。
 見慣れない部屋に、あちこちと視線をめぐらせながら入ってくる。
「ちょっとこの人に教えてもらいたいことがあって」
「誰?」
「バイト仲間の市田沙耶さん。昨日電話しただろ、あのさ――」
 
 
「う、おおおっ!?」
 
 
 先ほどまでの感情の高ぶりを吹き飛ばし。
 床に置かれた安城答矢が叫んだ。
 それは悲壮の叫び。
 
 
「な――なんでお前がここに!」
 
 
 慟哭だった。