悠久フィロソフィー

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D.D.外伝第五話

第五話 本と部屋
 
 
 
「助かってたんなら言えッ!」
 
 
 竜也とルシナ。第一声はやはり綺麗に揃った。
 何だかんだと、この二人は間の取り方が近しい。
「まあまあ」
「『まあまあ』じゃねえ!」
「私たちがどれだけ不安だったか分かってますかッ!?」
 わめく二人をよそに、男――瀬木は部屋を見渡し、続ける。
「分かってるって。それにほら、見てみなよ」
 部屋。
 先ほどさんざん竜也とルシナが本をどかしたため、すっかり部屋は片付いていた。
 
「……」
「……」
 
 どうやら無我夢中のうちに、溜まっていた本をすべて整理整頓してしまっていたらしい。
 無意識下行動。
 無意識化行動。
 無心のうちに、おかたづけ。
「馬鹿な……」
「私たちはその、その人が無事かどうかを確かめたかっただけなんですけど……」
「しかしすごいね、おれらじゃあんなだったのに、二人にやらせたらこんなに片付くなんて」
 ケーブルや機械の類はまだまだ床面積を狭めているが――それでも、空間がかなり広がっている。
 積みあがっていた本は、本棚や、箱の中、机の上。
 
「何だか私たちがすごく収納上手みたいに言われてますね……」
「この部屋の住人がデフォルトで収納下手すぎただけだろうが」
 
 瀬木は一歩、二人に歩み寄った。
「まあ、結果的に部屋を片付けてくれてありがとさん」
「そいつはどーも」
 やる気のなさそうな返答をした竜也を無視して、その眼鏡はルシナに向けられる。
 
「というわけで初めまして、遊部ルシナさん」
「え……? どうして私の名前を……」
 
「いや自分で名乗ってたからなお前」
 竜也の突っ込みは通過していく。
 瀬木が、うやうやしく一礼した。
 
「おれは瀬木。瀬木一。イチって書いてハジメだ、よろしく」
 
「は、はあ。はい」
 通過儀礼の終了。
 瀬木一――『除教授』。
「それから」
 飄々とした風体の彼は、振り返って、そこにいた人間を掌で指した。
「あちらが、きみたち二人が必死に探してくれていた人」
「は、はじめまして」
 扉のすぐそばに、白衣、長髪の、耽美な女性。
 
「あの――あたし、日野辺むとの、と申します」
 
 静かにぺこりと頭を下げる。
「……」
 日野辺むとの。
 落ち着いた雰囲気――清楚な気配。
「日野辺、ね」
「はひ! よろしくお願いしますう」
 ルシナは元気よく挨拶を返すが、竜也は表情をこわばらせたまま、彼女に――日野辺むとのに、一歩、寄る。
「日野辺?」
「は、はい……」
「お前、何年生?」
「え、えっと、今年から大学生になりました、一年生です」
「ふん」
 モグリではなく新入生、か。
 それにしても、大人びた、下手をすれば自分よりも年上に見えてしまうのではないかと、竜也の中に危惧の念が浮かび上がってくる。
「おま」
 
「とう!」
「せい!」
 
 右のこめかみ。
 左のこめかみ。
 二方向から同時にぶん殴られた。
 
「がはあっ!」
 
 たまらず、その場に打ち崩れる竜也の体。
「木本君、初対面の女の子に向かってそんな汚い言葉使うもんじゃないですよ!」
「まったくだ。口が過ぎるぞ、リューヤ」
 竜也を思い切り殴ったルシナと瀬木は、顔を合わせてハイタッチをした。
「いえー」
「いえー」
 こいつらいつか殺す。
 物騒なことを考える竜やの姿を、日野辺むとのがぼんやりと眺めている。
 
「さてさて、自己紹介と馬鹿への制裁も済んだところで」
「誰が馬鹿だ馬鹿っていうか制裁って何だ」
 
 反論するが当然のように、無視。
 
「じゃあ用件を聞こうか、遊部さん?」
「ああ、その前にですね」
 
 ルシナは片付いた部屋の一角を指した。
 そこは、最初、本に埋もれていた場所。
 そして、部屋中にはびこるケーブルが、行き着く場所。
 終着点。
 集合点。
 それは、四角い台のようなスペース。
 部屋から切り取られたようなエリア。
 
「あの場所って何なんですか、瀬木さん」
 
 一瞬の空白。
 瀬木と、むとのと、竜也と、三人がぽかんとした。
 窓から入ってくる日差しが、かすかに残る埃を浮き彫りにする。
 風が少し吹いて、瀬木が答えた。
 
「どうして、あそこに興味を?」
 
 ルシナは足元を指差す。
 
「これだけの量のケーブルが引かれているんです、気になって当然ですよ」
 
『奔放風』――遊部ルシナ。
 その着眼点は、瀬木の心のどこかに響いた。
 
「ふふ」
「はい?」
「遊部さん、あれに興味を持つとはなかなかお目が高い」
「どういう……」
 
 瀬木は白衣を翻し、部屋の中央へと躍り出る。
 反り返って、眼鏡を光らせ、叫んだ。
 
「あれこそはっ! 我が最高傑作群の切り込み隊長! 開発成果の先頭打者! おれの作った第一号にして最愛の自信作! すべての基盤にしてすべての前提、おれの研究の象徴たるシステムなのだごぁあおああ!」
 
 言い切るか言い切らないかのあたりで竜也の蹴りが瀬木の頬を抉った。
 
「けっ、いつまでも滔々と語ってんじゃねえよ」
「ば、馬鹿な、貴様は先ほど打ち倒したはず……」
「あの程度でいつまでもダウンするかボケ」
「まあそりゃあそうだよねえ」
 そう言って何事もなかったかのように立ち上がる白衣の男。
「……」
「ふう、痛い痛い」
「あの木本君」
 ルシナがそっと竜也の耳に顔を近づけて、囁いた。
「あの人っていつもああなんですか?」
「ん。ああ、あいつは基本的に不死身だ」
「……」
 ルシナは黙って、瀬木に何か複雑そうな目を向ける。
 果たして興味を抱いても大丈夫なのだろうか。そんなことを見定めているかのように。
「それでは改めて説明しよう」
 瀬木がまた、白衣を翻して中央に舞い戻る。
 ルシナに指摘された一角を示して、高らかに笑う。
 
「あれは高精度型3D投影装置!」
 
 最初から答えを知っている竜也とむとのはともかく、ルシナは首をかしげた。
 
「簡単に言えば、ホログラフィック映像の作成装置!」
 
 ルシナは首をかしげた。
 
「こ、光学を利用した空中空間映像の展開!」
 
 ルシナは首をかしげた。
 
「くッ……ボキャが尽きた」
「あのな」
 いい加減耐えかねたか、竜也が横から口を挟む。
 
「ソリッド・ビジョン――立体映像だ」
 
「ああ! 分かりました!」
 ぽんと手を打つルシナ。
 どこからかがーんという音がしたような気がしたら、瀬木がその場に崩れていた。
 
「お、おれの言葉で通じなかったのにリューヤが一発で伝えた……」
 
「き、木本君、あれ」
「気にするな。どうせ不死身だから」
 言われるが早いか立ち直る眼鏡の男。
 
「そう、立体映像! そしてあそこはその用途からデュエル・スペースと呼ばれる!」
 
 
 
 
 この時からだったのかもしれない。
 木本竜也と、遊部ルシナ。
 そして――日野辺むとのが、巻き込まれ始めていったのは。