悠久フィロソフィー

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D.D.外伝第十一話

第十一話 龍と決着
 
 
 ドローカードを正面に持ってきて、竜也は声を出した。
 いつもどおりの冷静な顔で。
 しかし、少しだけ、不適に口の端をゆがめて。
 
 
「俺の勝ちだ、瀬木」
 
 
「は?」
「俺が引いたのはこいつだ。創世の預言者を召喚!」
 
 光を放ちながら現れる1体の魔術師。
 それは再生の序章。
 それは復活の予兆。
 
「手札を1枚捨て、効果発動」
「何だ!?」
 
 竜也の墓地にいるモンスターの中でレベル7以上のモンスター。
 破壊輪で破壊しかけ、回避と回復のために生け贄となったフェルグラントドラゴン。
 弱体化し、サファイアドラゴンに敗北したタイラント・ドラゴン。
 低ステータスのままに戦闘破壊されたダークブレイズドラゴン。
 
 
「違う――違う、違う!」
 
 
 そのどれも、手札に戻したところで意味を成さない!
 ならば、どうして。
 瀬木の中で疑念が渦を巻く。
 それは彼の一番嫌いな観念だった。
 分からない。
 量れない。
 回収したモンスターをコストにしてトレード・インでも使う気か?
 いや、トレード・インのカードは先攻1ターン目に使ったばかり――
 
「あ――まさか!」
 
 トレード・インを使った時、捨てたカード。
 それは、レベル8の――
 
 
「俺は墓地から、創世神を手札に加える」
 
 
 創世神
 序盤の序盤で、捨てられたモンスター。
 創世の預言者の力で、それが竜也の手札に舞い戻った。
 
「だが――このターン、すでに召喚権は失った」
「ああ」
「これでもう、モンスターは召喚できないぞ」
 
 場に残ったのは創世の預言者と、リバースカードが1枚だけ。
 瀬木の場にはまだ、2体の巨大モンスターが存在している。
 そしてもうモンスターは出せない。
 
 
「何言ってやがる」
 
 
 竜也の顔はまだ、冷静なものだった。
 そして、まだ、終わらせるつもりなど、なかった。
 
「800ライフポイント払い、手札から魔法カードを発動」
 
 
 竜也LP:150
 
 
「800? ということは――」
「禁止カードを使っていい。お前の言葉だ、瀬木」
 
 場に、赤い筋がにじみ出てくる。
 その地面を突き破るようにして、1体の人型モンスターが飛び出た。
 
 
「早すぎた埋葬だ。これで俺は、創世者の化身を蘇生させる」
 
 
 それは数ターン前、ライトニング・ボルテックスのコストとして捨てられたモンスター。
 その体は光を放って、揺れるように姿を変えていく。
 
「そして効果を発動。創世神を守備表示で特殊召喚
 
 現れる、巨大な神。
 味方を再生させる、荘厳的な存在。
 雷を纏いながら、力を集中させた。
 
創世神の効果を発動。手札1枚を墓地に捨て――」
 
 残り2枚だった手札を1枚にして、竜也は墓地のモンスターを場に蘇生させる。
 墓地に眠る――竜を。
 一度散ったために、再び戦場に戻ることが許される、ドラゴンを。
 
 
「――蘇れ、フェルグラントドラゴン!」
 
 
 地面を割るような光の放出。
 その中央を舞い上がって再度示現する、光輝く竜。
 
「ぐ……」
「フェルグラントドラゴンの効果発動、墓地のモンスター1体のレベル×200ポイント、攻撃力を上げる」
 
 墓地に存在する中で最大レベルのモンスター。
 それはあっけなく破壊された竜の意志。
 
「俺はタイラント・ドラゴンを指定。レベルは8だ、よって攻撃力1600ポイントアップ」
 
 フェルグラントドラゴンが雄叫びを上げ、覇気を増していく。
 攻撃力、4400ポイント。
 ドラゴン・キャノンよりも――ブルーアイズよりさえも、上。
 全てのモンスターの攻撃力を、上回った。
 
「くう。だが……創世神の効果は1ターンに1度しか使えない。おれは」
「まだだ。リバースカードオープン」
 
 それは、最初に背徳感を覚えた禁止カード。
 運よくXYZによる破壊を免れた、キーカード。
 もしあの時、ゴブリンのやりくり上手ではなくこのカードを破壊されていたら。
 竜也は、恐らく敗北していた。
 
 
リビングデッドの呼び声!」
 
 
 そして3回目の復活が始まる。
 もう1体、この場に再び存在して然るべき存在がいた。
 巨竜の復活。
 まさしくそのデッキの名の通りに――復活すべき、ドラゴン。
 
 
「ダークブレイズドラゴン、特殊召喚
 
 
 黒い姿の赤い翼の竜が、轟音を上げながら場に突き出てきた。
 最初に仮面竜によって呼び出されたときよりも、身体の様子が明らかに違う。
 
「ダークブレイズドラゴンは、墓地から特殊召喚した時、攻撃力を倍にする!」
 
 攻撃力2400ポイント。
 その能力の上昇値は、明らかなものだった。
「くそっ……」
 瀬木が苦い顔をして、場を睨んだ。
 創世の預言者
 創世神
 フェルグラントドラゴン。
 ダークブレイズドラゴン。
 何もなかったところから――一瞬のうちに、これだけの軍勢が現れた。
 あまりに迅速。
 あまりに幸運。
 あまりに適応。
 あまりに強力。
 
 
 だが。
 
 
「やるじゃないかリューヤ……」
「ふん」
「けどな、忘れてないか。早すぎた埋葬を使ったことにより、お前のライフはわずか150!」
 
 
 竜也LP:150
 瀬木LP:8000
 
 
「このターンでケリをつけなければ、即死だ」
「そんなことくらい、分かっている」
「そうか? だったら場をよく見てみろ」
 
 
 瀬木の場にいるモンスターは2体。
 青眼の白龍。攻撃力、3000ポイント。
 XYZ―ドラゴン・キャノン。攻撃力は2800ポイント。
 対する竜也の場には4体。
 創世の預言者。攻撃力1800ポイント。
 創世神。守備表示で特殊召喚されていて、その数値は3000ポイント。
 フェルグラントドラゴン。上昇した攻撃力は現在最強の4400ポイント。
 ダークブレイズドラゴン。倍になった攻撃力、2400ポイント。
 
 
「分かるか?」
「……何が、だ」
 
 瀬木の眼鏡が少し光った。
 その額に冷や汗をにじませながら。
 
「今、おれのモンスターを破壊できるのはフェルグラントドラゴンだけ!」
「……」
「ドラゴン・キャノンとブルーアイズ。どっちが残ろうとも、次のターン。預言者かダークブレイズを攻撃して、それで終わりだ」
 
 展開した。
 だが、力が足りない。
 逆に――攻撃の的となりえてしまう、竜也の軍勢。
 
 
 
「木本君」ルシナが囁くように、横から声をかけた。
「もしかして……」
 勝てないんですか、とは聞けなかった。
『奔放風』、遊部ルシナ。
 彼女は、何も知らないながらに瀬木の言葉の意味はそれとなく分かっていた。
 及ばない。
 力が及ばない。
 ならば負ける。
 負ける――
 
 
「誰がこれで終わりだと言った」
 
 
 その声はひどく冷めていた。
 どこまでも冷静だった。
『冷血漢』、木本竜也。
 彼の目はいつも冷たく、彼の態度はいつも冷たい。
 ゆえに、落ち着いている。
 よって、取り乱さない。
 どんな時でも。
 
 たとえ、自分の勝利が確かなものになったとしても。
 
「何のつもりだ。そのデッキにモンスター強化のカードなんか――」
 言いかけたその瞬間に瀬木は思い出した。
 このストラクチャーデッキに入っているカードを。
 唯一にして、この状況下でもっとも見事に機能するカードの存在を――
 
「俺は」
 
 竜也は最後の手札を公開した。
 魔法カードだった。
 
 
「フォースを発動」
 
 
 創世神の雷が薄れていき、その光がすべて移動していく。
 力を失う代わりに力を得る。
 フォース。
 
 ダークブレイズドラゴン、攻撃力4700ポイント。
 
「嘘だろ……」
 絶句した瀬木は、ただ、己の行く末を知る。
 この後はもう、簡単だ。
 一本道だ。
 一本橋だ。
 
「バトルフェイズ、ダークブレイズドラゴンで青眼の白龍を攻撃!」
 
 雷で包まれた黒い龍が、白龍を打ち破った。
 その湧き出た炎が瀬木の場に残って、燃える。
 
 
 瀬木LP:6300
 
 
「ダークブレイズドラゴンの効果。破壊したモンスターの攻撃力分だけ、ダメージを与える」
「ぐぅっ」
 
 
 瀬木LP:3300
 
 
「フェルグラントドラゴンでXYZ―ドラゴン・キャノンを攻撃!」
 
 光が迸り、龍が駆ける。
 猛撃。
 機械の合体兵器が、崩れ落ちていく。
 
 
 瀬木LP:1700
 
 
「う、くそっ……」
「最後だ」
 
 竜也は一度だけ目線を移動させ、ルシナとむとのをちらと見て、言った。
 終わりを。
 
 
「創世の預言者でダイレクトアタック!」
 
 
 手札も。
 場も。
 すべてが0のまま、瀬木はその攻撃を直撃した。
「うおぉ――」
 
 
 瀬木LP:0
 
 
「俺の勝ちだ、瀬木」
 
 竜也はあくまでも冷徹に言う。