悠久フィロソフィー

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D.D.外伝第十八話

第十八話 1とニル
 
 
「で、どうする気ですか?」
「あ?」
「この人。とりあえず捕まえたはいいですけど」
 ルシナは足元に転がっている男――安城答矢を示して言った。竜也と二人がかりで黙らせたまではよかったものの、突発的犯行ゆえに計画性は皆無だった。
「このままだと私たちが悪者で終わっちゃいますよ」
「ああ。このままだと、だが」
 竜也はそう言うと答矢の肩をかつぎ、彼の体を引き起こした。
「こいつは俺が連れて行く」
「はあ」
「俺の家なら――俺が近くにいれば逃げ出せないだろ」
「なるほど、それで朝まで二人きりで」
 竜也の拳が、ルシナの頭へと垂直に叩き落された。
 小気味いい音が夜空に響く。
「痛いです……」
「明日、こいつを瀬木に引き渡す。話はそれからだ」
 意識を完全に失った男を提示して、冷めた口調で言う。
「そうでないと話が進まない」
「そうですね、話が全然進んでませんもんね」
「何か言ったか?」
「いえ何も」
 
 夜の雲は次第に色を濃くして、月の明かりをくらます。
 明滅する電灯の下で、竜也は振り向いた。
 
「じゃあな」
「さよーならー。気をつけてくださいねー」
 
 そう言って、遊部ルシナと木本竜也はそれぞれの帰途につく。
 
 
 
 
 
「さて」
 バイトの時間が終わって、浦上英仁は店の外に出た。季節が季節とはいえ、吐く息はまだ白く、闇に映える。
 冷たい夜だったが、風もない穏やかな夜。
「で」
 
「そろそろいいでしょ、浦上くん」
 
 そんな中、穏やかでない彼女がいた。
 市田沙耶。
 考古学科二年。
 体型がくっきりと浮き出る服を着た彼女は、深夜の空気にやや身を震わせていた。
 
「さっきの恐竜」
「ブラック・ティラノのことか?」
「そうそれ! あれは何よ? 何だったの?」
 
 いきり立つ口調は今にも殴りかかってきそうな気配だった。
 英仁は思わず肩をすくめる。
 怖い怖い。
 
「何……って言われてもな」返答に困る。「ゲームのキャラっつーか」
「キャラ?」
「モンスターっつーか」
「モンスター?」
 
 ヒールを高らかに鳴らしてかつかつと沙耶が迫る。
 その気迫に圧倒されて、英仁の身動きはその一切を停止した。
 
 刹那に。
 
 市田沙耶は歩み寄り、がしりと彼の胸倉をつかんだ。
「うおっ!?」
 
 
「適当にはぐらかそうとしてるんじゃないわよ! はっきり言いなさい!」
 
 
 目が本気だった。
「ちょ、ま、待てって。待てって!」英仁は両手を振り、慌てて弁解する。
「あれは遊戯王っつーカードゲームのモンスターだ、たいしたモンじゃない!」
「へえ? 大したことがない?」
 沙耶の力がさらに強まったような感じを英仁は悟った。
 いや、怖い。
 怖すぎるんですけど?
「じゃあなんで、そんなカードゲームが実体化してあそこにいたのよ!」
「何が何だか俺にもさっぱりだよ!」
「何も知らないの? 嘘、少しは知ってることがあるでしょ!」
「俺は本当に何も――」
 
 言いかけて、手前にありすぎた事実を英仁は思い出した。
 立体映像。それを駆使する、デュエリスト仲間のことを。
 そして彼が開発した技術のことを。
 簡易式ソリッド・ビジョン。
 
 研究室内で作り上げていた、立体化するカードのことを――思い出した。
 
「あ」
「何?」
 沙耶の手から不意に力が抜けて、英仁の体が解放される。
 当然だが彼はその場に崩れ落ちた。
「何か思い出した?」一転してきょとんとした無邪気な顔を見せる沙耶。「ね」
「いや、知り合いにさ」
 
 
 
 彼の口から、瀬木一のことが語られ始める。
 それがどこまで物語を動かすのか。
 この時点ではまだ誰も、知る由もない。
 
 
 
 
 
 一方で、同時刻。
 
「千種ぁ」
「何よ」
「も一回やらね?」
 
 相変わらずの部屋の中、ついさっき決闘を交わした二人はまだそこにいた。
 ひょろりとした青年と――小さな、本当に小さな少女。
 施行と千種。
「やだ」
「何で」
「ウチはやることがあんの」小さいひざに大きな本を広げながら千種は言う。
「リーダーとでもやってくれば?」
「嫌だね。俺は――」
 
 彼は少しだけ、考えるような振りをした。
 言葉を選ぶように。
 言葉を探すように。
 
 
「あの人とは、何の理由もなしに勝負したくないね」
 
 
「へえ」千草の眼が鋭くなる。「じゃ、ウチみたいなのとは何の理由もなくやるんだ」
「まあな。気の向くまま、だ」
「サイテー」
「何だ? やるか?」
 
 施行が右腕を掲げる。
 それとほぼ同時に、彼の背後で部屋の扉が開いた。
 
 
「チグサ?」
 
 
 顔を覗かせたのは――碧眼の女性だった。
 ややウェーブのかかった薄い金髪の彼女に、千種が反応した。
 
「あ、ニル」
「ここにいたの、チグサ。探したよー、電話にも出ないもの」
 千種が、少し表情をゆがめた。
「そういや電源切ってたっけ……ごめんね」
 ちょんと舌を出し、苦笑して謝る。
「いーです、いーです」
「少しそこのおバカと遊んでたもんで」
 ニルと呼ばれた彼女は、顔だけで覗くのをやめて部屋に入ってくる。
 長い足を強調するような、ナチュラルに派手な服装。
 ニルはきょろきょろと、わざとらしく視線を泳がせる。
「そこのおバカとはどなたでーす?」
 
「ナロー・ニル!」
 
 いきなり声を張り上げた喜街施行に、ニルの背筋は震え上がった。
「ヒャオ!」
「お前、俺を無視してんじゃねえよ……なめてんのか?」
「オーオ! そんなつもりはモートーなかったでーす」
「黙れよ。それはお得意のアメリカンジョークのつもりか?」
「ノー! ニルはカナダ出身ですー」
「知ったこっちゃねえ」
 
 施行は左手でつかんだデッキを、彼女の眼前に示した。
 
「この際だ。ニル、お前を相手にしてやる」
「オウ、ミスターキガイ……物騒ですネー」
「ニル」
 熱くなる施行を横目に、ソファに座って本を読みながら、千種が呟く。
「悪いんだけど、そのバカの相手してあげて?」
「ワタシが?」
「うん。さっきウチに1ターンキルされて荒れてるのよ。うまくなだめて」
 ニルの表情は、一瞬だけ迷う素振りを見せたものの、すぐに晴れた。
 
「オーケイ。受けて立ちましょー!」
 
 二人は向かい合って、そして始める。
「はん……」
「行きますよ!」
 
 
『デュエル!』
 
 施行LP:8000
 ニルLP:8000
 
 
「俺の先攻、ドロー! 手札のウォルフを捨て、ソーラー・エクスチェンジを発動!」
 
 フィールドに、閃光が飛び交う。
 神々しいその広域な輝きは、施行を包み込んで消えた。
 
「2枚引いて、デッキトップの2枚――ルミナスとガロスを墓地に送る」
「オウ、ライトロード!」
 ニルはかん高い声を発した。
「ヤなデッキでーすね」
「お前らは陰で打ち合わせでもしてんのかよ……同じことばっか言いやがって」
「事実でーす」
「俺はライラを攻撃表示で召喚する」
 
 フィールドに陣を敷き、現われしは光の魔術師。
 ライトロードの魔法使い――ライラ。
 
「そしてエンドフェイズ、3枚墓地に送る」
「ほー」
「落ちたカードの中にウォルフがいた、よって特殊召喚する!」
 
 光に包まれた獣戦士が墓地から飛び出てくる。ライトロード・ビースト、ウォルフ。
 高い攻撃力と性能を持つ2体のモンスターが、施行を守る。
 
「ワタシのターン、ドロー」
 
 施行は思う。
 この女――ナロー・ニルが使うデッキ。何だっけ?
 
 当然、答えはすぐに出る。
 
「手札断殺を発動しまーす」
「ふん、手札入れ替えか」
「はーい。お互いに2枚捨てて、2枚のカードを引きますネ」
 
 あるいは、お互いに墓地にカードを送ったというべきだったのかもしれない。
 彼女の戦術を踏まえた上では。
 
 ニルはカードを引くと、たった今墓地に送ったカードをデッキに戻した。
 
 
「手札から、究極封印神エクゾディオスを特殊召喚!」
 
 
「おっと、そういやそんなデッキだったっけな」
 戦い方、それを彼は思い出した。
 エクゾディオス――ならば当然、次に打つ手は読めている。
 墓地を溜めること。
 
 
「さらに、高等儀式術でーす!」
「やっぱりな」
「デッキから封印されし者の右腕、左腕、右足、左足、霞の谷の見張り番を墓地に送って、手札からマジシャン・オブ・ブラックカオスを降臨させマス!」
 
 
 どかどかと墓地へ埋められていく通常モンスターたち。そしてその魂を燃やした炎が湧き上がり、フィールド上に黒魔術の上位魔法使いが姿を現す。
 混沌の魔術師。マジシャン・オブ・ブラックカオス!
 そしてその横で、エクゾディオスも士気を上昇させていた。
 
「この瞬間、エクゾディオスの攻撃力は5000ポイントアップデス!」
 
「ちっ」1ターン目から早々に出現する巨大なモンスターに、施行は苦笑した。
「やるじゃねえか」
「ハハ、たいしたことじゃないです」
「そのコンボのためだけにエクゾパーツ無意味に積むのはお前くらいだろーな」
「では、バトルフェイズです」
 
 デッキからもう1枚、カードが墓地に送られた。
 
「エクゾディオスの効果によって、デッキからさらに墓地に落とします」
「はーん。『封印されしエクゾディア』か?」
「いえいえ。ヂェミナイ・エルフ。通常モンスターですヨ」
 
 攻撃力が1000ポイント上昇し、6000となる。
 その数値でもって、エクゾディオスはライラに突進した。
 
「究極封印神エクゾディオスでライラをアタック! 天上の雷火!」
 
 圧殺的な力の渦は、ライトロードの魔法使いをあっけなく粉砕する。
「ぐっ……」
 
 
 施行LP:3700
 
 
「マジシャン・オブ・ブラックカオスでウォルフをアタック! 滅びの呪文!」
 
 黒魔術師が詠唱する、混沌の呪文。
 そこから生まれる力が一つの形を形成し、施行のモンスターを破壊した。
 
 
 施行LP:3000
 
 
「まだ終わらねえな」
「そりゃーそーです。普通、1ターンで終わるなんてオカシイですよー」
 
 そのおかしい事態がここ最近頻発してるんだがな。
 施行は心の内に笑った。
 
「特に俺の周りでは、な」
「? 何がデスか?」
「何でもねえ。それより続けろよ。お前のターンだ」
 
 ニルは少し手札を睨んだが、顔を上げて快活に笑った。
 
「もうすることもないですネ。エンド!」
「俺のターン。ドロー」
 
 
 ――1ターンで終わるなんておかしい、ねえ。
 
ドローを見ながら施行の心は皮肉じみた声を発していた。
 その引いたカードが何なのか、よく分かっている上で自嘲気味に笑っていた。
 
 
「じゃあ俺は、相当おかしいって話だな」
 そのカードを場に出す。
 
 
「裁きの龍を特殊召喚!」
 
 
 狭い部屋で、龍が吠えた。