悠久フィロソフィー

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D.D.外伝第十話

第十話 竜と砲撃
 
 
 白い龍だった。
 そして瞳が青かった。
 
「ふふふ、どうだいリューヤ。自分の盟友を敵に回す気分は」
「別に。どうとも」
 
 呆気にとられている女2人を視界の端に納めながら、竜也は素っ気なく返した。
 青眼の白龍
 攻撃力――3000ポイント。
 それは、ストラクチャーデッキのみという制限の中では、あまりにも暴力的。
 
「冷たいなー」
「敵は敵だ。それにこのターン攻撃はできない。できたところで、そいつで死霊は倒せない」
 
 攻撃力はあるが所詮は通常モンスター。
 竜也の場には、まだ若干の余裕があった。
 
「いつまでその減らず口叩けるかな?」瀬木が笑う。「そんな壁、すぐに壊してやる」
「で?」
「ターンエンドだ」
「俺のターン、ドロー」
 
 引いたのは禁止カードだった。
 
「……」
 背徳感がないわけではない。
 一プレイヤーとして、ルールに準じていたいと思う竜也だった。
 が。さっきの破壊輪。
 あそこまで露骨に強い罠を使われて――引き下がっては、いられない。
 眼には眼を。
 歯には歯を。
 禁止には禁止を。
 そう言い聞かせて、竜也は自分の行いを精一杯に正当化しようとした。
 
「1枚伏せて、ターンエンド」
 
 時期尚早。
 まだ、行動に移るにはパーツが足りない。
 
「おれのターン、ドロー」
 
 瀬木はしばらく黙考したが、やがてふうと息をついた。
 
「無理だね。ターンエンド」
「俺のターン」
 
 竜也がドローしたカードも、状況を変えられるそれではなかった。
 歯噛みして、エンドフェイズ。
 
「ターン終了」
「おれのターンだ。ドロー」
 
 しばしの沈黙。
 不意に瀬木がにやりとし、カードを1枚取った。
 
「ふっふっふ、リロードを発動する」
 
 一瞬、しんとなった。
 ただ、瀬木が無音の中、デッキをシャッフルする音だけが響く。
 むなしい。
 
「枚数分ドロー」
「何だ、今の」
「何でもないよ。ターンエンド」
「……俺のターン」
 
 やはり、倒せるカードは来ない。
 
「ターン終了だ」
「そろそろ限界なんじゃないのかな、その壁も?」
「……」
「ドロー」
 
 場に、メタル・キャタピラーとの合体をしたヘッド・キャノンと、あの青眼の白龍を従える瀬木は――とかく、攻撃力には長けていた。
 圧倒。
 蹂躙。
 それを止めているのは、伏せカードと、何よりも魂を削る死霊。
 それらを同時に消し去らなければ、攻撃には転換できない。
 はずだった。
 
「ふ――ふふ」
 
 瀬木の眼鏡が光る。
 薄気味悪い含み笑いが部屋の中にこだます。
 
「はは、はっはっは! リューヤ、悪いがこれはおれに向いてきたぜ!」
「何だ?」
 
 怪訝そうな顔で返事がされたとき、瀬木の場に新たなモンスターが召喚された。
 赤い機械だった。
 
「Y―ドラゴン・ヘッドを攻撃表示で召喚する!」
 
 最後のユニオンモンスター。
 そしてそれは、一つの結末を意味する。
「まさか――」
 
「X・Y・Z合体融合!」
 
 その高らかな宣言とともに、3体の機械が動く。
 起動する。
 機能する。
 分離し、変形し、誘導し。
 移動し、旋回し、合体し。
 融合した。
 
「XYZ―ドラゴン・キャノンを特殊召喚!」
 
 現れる――3体合体形態。
 巨大なモンスターが並ぶ。
 絶大な龍と。
 強大な機械。
 そして、すべてが破壊される。
 
「XYZ、効果発動! 手札を全て捨てる!」
 
 瀬木の、2枚の手札が墓地に送られる。
 それを受けて、ドラゴン・キャノンの砲身が熱を帯び始めた。
 装填。
 充填。
 発射可能状態。
 
「リューヤの場に存在する、伏せカード1枚と魂を削る死霊を破壊する!」
「ぐっ……!」
「ハイパー・デストラクション!」
 
 巨大なカノン砲が一斉に火を噴く。
 被弾する寸前、竜也はカードをオープンした。
 
「破壊対象の伏せカードを発動する。ゴブリンのやりくり上手だ」
「2枚目か!」
「ああ。よってドロー枚数は1枚プラスされる」
 
 デッキからカードを引いた直後、竜也の場に着弾した。
 爆発。
 暴発。
 
「ぐうぅ――」
 
 それは、破壊の兵器。
 それは、粉砕の機械。
 XYZ―ドラゴン・キャノン。
 魂を削る死霊が消え、竜也の場には伏せカード1枚だけが残った。
 
「はは、ガラ空きだね」
「……」
「どうせそのデッキに攻撃反応型の罠はない! 恐れずに攻撃させてもらうよ」
 
 本当は『邪神の大災害』があるのだが特に突っ込まなかった。
 それどころではない。
 ドラゴン・キャノンとブルーアイズ。
 攻撃力が――高すぎる!
 
「バトルフェイズだ! XYZ―ドラゴン・キャノンでリューヤにダイレクトアタック!」
 
 先ほど場を破壊しつくした砲身が、竜也の体をロックオンした。
 リバースカード1枚を何の気にも止めず。
 平然と、冷静にそれを見据える竜也に――
 
 砲撃が放たれる。
 
「X・Y・Zハイパーキャノン!」
 
 発射――迫る迫る迫る迫る迫る迫る迫る迫る迫――被弾!
 
「ぐぉっ……!」
 
 竜也LP:6750-2800=3950
 
 先ほどフェルグラントドラゴンを生け贄にして回復した分のライフが失われた。
 そして終わらない。
 終わるはずがない。
 終わりようがない。
 まだ――もう1体。
 
「やはりそれは罠じゃなかったな! これで心おきなくブルーアイズで攻撃できる」
 
 口を開き、閃光を充填する青い瞳の竜。
 ブルーアイズ・ホワイトドラゴン。
 攻撃力3000ポイント。
 
「ダイレクトアタック! 滅びのバースト・ストリーム!」
 
 青白い閃光弾、それはひどく冷たく輝き、どこまでも冷めていて、限りなく無慈悲な一撃。
 一瞬で場を駆け抜ける。
 風が舞い上がるような錯覚。
 
 竜也の体に直撃した。
 
「っあ!」
 
 竜也LP:3950-3000=950
 
「はは、もう1000を切ったか」
「……の……野郎」
「ターンエンドだ、リューヤ」
 
 手札をすべて撃ち、その代わりに場を完全に支配した。
 融合合体モンスターと、圧倒的な白い竜。
 全ての要素が、瀬木に加担しているかのようだった。
 
 
 
「なんだか……よく、分かりませんけど」
 静観していたむとのが、静かにこぼした。
「瀬木先輩、悪者みたいです」
「木本君……」
 ルシナがぼそりと呟いて、まだ、竜也はカードを引いていない。
 
 
 
「……」
 場には伏せカードが1枚。
 手札は今、4枚。
 次のドローで5枚になる。
 沈黙の中で竜也には一つの確信があった。
 
 このままでは勝てない。
 
 だが、しかし。
 手札にはキーカードが揃っている。
 そう、ゴブリンのやりくり上手でドローしたカードが、まさにそうだった。
 それでも。
 あと1枚。
 あと1枚だけ――来ていない。
 その1枚さえ引くことができれば。
 あの1枚を引ければ。
 
 勝てる。
 
 だが、不安にもなっていた。
 本当に――勝てるのか?
 こちらのライフはわずかに950ポイント。
 瀬木のライフは、はるかに8000ポイント。
 下手に失敗して反撃に転じられたら、負ける。
 すでに距離がありすぎる。
 この1ドローで、本当に変わるのか?
 
 踏ん切りがつかない。
 進んでもいいのか、無駄なのか――
 
 
「木本君ッ!」
 
 
 ルシナが一歩踏み出して、叫んでいた。
「あ?」
「何やってんですか! これって、負けてるんでしょう!?」
 ライフポイントが10倍近くある。
 いくら素人目でも、不利なことくらい、分かっていた。
「いや、これは――」
「だったら立ち止まってんじゃないですよ! さっさと先に進むんですよ!」
「だから」
「分かってんですか!? これで負けたらどうなるか!」
 
 思い出す。
 ここに来た目的を。
 そもそも、こんなデュエルをしている理由を。
 それは――因縁だった。
 
 
 近江大器との因縁だった。
 
 
「勝って、噂を確かめるんでしょう!?」
 
「……」
 微妙に違う。
 しかしさすがにそれを指摘するほど竜也は空気が読めない男ではない。
 
「ああ。分かってる」
 
 瀬木が笑いながら見ている。
 
「俺は勝つ。このドローで、引いてやるよ」
 
 むとのが静かに、遠慮がちに顔を伏せて上目に見ている。
 
「ラストターンだ、瀬木」
 
 ルシナが見ている。
 竜也はデッキトップに手をかけた。
 
 
「お前の敗因は――俺を敵に回したことだ」
 
 
 ドロー。