悠久フィロソフィー

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D.D.外伝第十九話

第十九話 龍と天使
 
 
「What!?」
 
 ニルが叫んだ。
「じゃ、Judgment Dragoon !?」
「無駄に発音いいな」施行の、からからとした笑い声がする。
「しかしそう驚くこともねえだろ」
「いや、デモ、2ターン目です……」
 その狼狽したような声を聞いて、施行は両手を広げた。
 軽く肩をすくめる。
「おいおい。俺の墓地にはソーラー・エクスチェンジで落ちたガロス、ルミナス、戦闘破壊されたウォルフ、ライラ、それに」
 
 施行は墓地のカードを引き出して、扇状にそれを広げてみせた。
 そこに、光のモンスターが集結していた。
 
「手札断殺で捨てたグラゴニスとジェイン。ライラの効果で落ちたライコウとケルビムがいたんだぜ? 種類が足りないどころの話じゃねえ。今、俺の墓地でライトロードが宴の真っ最中だ」
「はあ」
「っつーわけで、ジャッジメント・ドラグーンの召喚は余裕で可能」
 
 狭い部屋の中に押し込められるように、身を縮め、それでもなお巨大な銀の龍。
 審判を下す裁きの龍。
 ナロー・ニルの場に存在する2体のモンスターを、睨む。
 
 
「行くぜ……バトルフェイズ!」
 
 
「え?」
「は?」
 千種とニルが同時に声を上げた。
「施行くん、効果使わないわけ?」
「あ? 使わねーよ。何か問題あるか?」
 
 問題というほどかどうかはともかく。
 施行の裁きの龍は攻撃力3000のモンスター。
 対するニルのモンスターは、マジシャン・オブ・ブラックカオスが攻撃力2800であるもののエクゾディオスが攻撃力6000まで引き上げられている。
 3000で攻撃しても無駄が多い。
 モンスターを倒しても、200ポイントのダメージしか通らない。攻撃力6000のエクゾディオスに倒される脅威も残る。
 だからここは、フィールド全破壊効果を使うシーン。
 千種は話半分に勝負を見ていたが、そのくらいの予想はついた。
 無論、対戦相手たるニルも。
 
 しかし。
 
「バトルだ! 裁きの龍で攻撃!」
 
 そんな予測も構わずに、施行は攻撃を宣言した。
 狙いは――
 
「オウ、マジシャン・オブ・ブラックカオスでーすカ!」
「違う!」
「え?」
 
 
「裁きの龍、攻撃対象は究極封印神エクゾディオスだ!」
 
 
 地に四肢を張り、銀龍の口に光の力が集約されていく。
「まさか」
 千種は本を閉じて、少し半身を乗り出した。
 
「もしかして……オネスト
 
 施行が手札のカードを墓地に送った。
 裁きの龍に、光輝く翼が生えた。
 
「その通り、俺は手札からオネストの効果を発動!」
「オウ!?」
「エクゾディオスの攻撃力の数値だけ、攻撃力を上昇させる!」
 
 光属性モンスターの能力を劇的に飛躍させる効果。
 その翼が広がり、裁きの龍は輝きを増した。
 
「クッ……これではワタシのライフポイントにダメージが……」
 焦った声を出したニルに、施行の声が聞こえた。
 
 
「いや、このターンで終わりだ」
 
 
 裁きの龍。
 攻撃力、15000ポイント。
 
 
「What!?」
「喰らえ……!」
「ちょ、待ってくだサイよ! 何で一万ごせ」
「エクゾディオスを攻撃!」
 
 
 放射される、渦。
 エクゾディオスの巨体を飲み込んで――光に返す。
 無になる。
 零になる。
 
 
 ニルLP:0
 
 
「はっ」施行が吐き捨てるように笑った。
「いくらか気が晴れたってもんだな。ありがとよ、ニル」
「……はあ」
「気分がよくなった、俺はこれで帰る」
 上機嫌で足取り軽く、彼の歩は扉へと向かった。
「じゃあな。邪魔した」
 すぐに彼はいなくなる。
 するりと扉の向こうへと、喜街施行は姿を消した。
 
 
「ニル」
 呆然と立っているだけのニルに、千種が近寄って声をかけた。
「2枚なんだ」
「……?」
「施行くんが発動させたオネスト、2枚だったんだよ」
「アー」
 納得いったような、得心いったような嘆息を漏らす。
「ナルホドー」
「だから裁きの龍の攻撃力は」
 3000+6000+6000で、15000だった。
 喜街施行、力の一撃。
 
 
 それは圧倒的で――瞬間のことだった。
 
 
 
「あ、そういえば」
 千種が思い出したように声を出した。
「ニル、何でこんな夜になってウチのこと探してたの? 何か用事?」
「オウ! ミスターキガイとのデュエルですっかり忘れてましタ!」
 急に活気を取り戻し、ナロー・ニルは笑顔になる。
 その笑顔でもって、快活に言う。
 
「リーダーが呼んでましたヨ」
 
「え?」
「今週分の連絡、してなかったデショ」
 少女はぽんと手を打った。
「ああ! 忘れてた」
「ちょうどいいデスし、今のデュエルも含めて電話しまショウよ」
「そだね。よっし」
 小さく呟いて、千種はズボンの後ろポケットから携帯電話を引き抜いて開いた。
 電話帳のメモリーを少し探して、その番号を見つける。
「じゃ、ニルのこともついでに教えておくね」
「アリガトーゴザイマス」
 コール音が鳴る。
 
 コール音。
 
 コール音。
 
 コール音。
 
 そして、電話の向こうで受話器が取られる。
 
 
『もしもし』
 
 
「もしもーし。リーダー、こんばんは」
『ああ……紆余さん。定時連絡がないので心配していました』
「えへ。忘れてました」
『いいえ、構いませんよ。それで、如何ですか。調子のほうは』
「上々だよ。相変わらず。特に異常もなし」
『今週はどうでしたか』
「そこそこだね。今週は3勝1敗。施行くんと通輔くん、それとニルには勝ったけど……ダメだね、やっぱり煙くんには勝てなかった」
『そうですか。やはり彼は強いですから』
「そだね。やりにくいし」
『私でも、彼にどこまで追いつけるかどうか……』
「冗談」
 千種は電話口の向こう側にいる人物に向けて、ふっと笑いかけた。
 
「リーダーのほうがずっと強いよ」
 
『そう言っていただけると嬉しいですね』
「いやいや、事実、事実。あ、あとさっきニルが施行くんに負けたよ」
『分かりました。喜街さんもなかなかですね』
「性悪だけどね」
『それでも、我々の中では相当でしょう』
「性悪だけどね」
『ところで紆余さん』
「何すかぁ?」
 
安城さんがどこへ行ったかご存知ありませんか?』
 
「答矢くん? んーん。知らないよ」
『そうですか。それならばいいです』
「じゃ、もう切るね。おやすみ、リーダー」
『おやすみなさい、紆余千種さん』
 
 
 
 彼女は電話を切る。
 ナロー・ニルがその顔を覗きこんだ。
 
「ミスターアンジョーがどうかしたんデスか?」
「さあ。ウチは何も知らないけど」
 
 
 
 
 
「…………」
 安城答矢は知らない部屋で目を覚ました。
「ここ、どこだ?」