悠久フィロソフィー

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あらためも4: 「脳を鍛える」

そんな暇なんて微塵も無いくせにちょっとした分析を始めてみたら案外楽しくなってきてしまってルーズリーフ1枚では収拾が付かなくなってしまったので一度切り上げることにしてそれとは全く関係の無い別の話をします。
 
 


 
 
比較的ストレージを見るのが好きな性分です。カードショップの一角に無秩序に詰め込まれた数百枚数千枚はあろうかというカード群の前に突っ立って何時間でも眺めつくすことで週末を過ごすこともしばしばです。だいたい荷物を持ったままそんなことをしているせいで帰ってから地獄の苦しみを味わう羽目になります(肩凝り)
 
 
ストレージを漁る利点は、もちろん優良なカードや好きなカードが安価で手に入る可能性があるということも見逃せないのですが、それ以上に「何があるかわからない」ということであると思っています。
当たり前だろうが馬鹿野郎と思われるかもしれませんがこの「常に予想外である」ことはけっこう大事です。
ショーケースのようにパッと一目で見渡せてしまう場合やファイル管理のように秩序だって整理されている場合にはこういったことは起こらないものです。
 
 
「何があるかわからない」ということは、つまり、「常に【意識の外側】からカードがやってくる」ということです。
中には、自分の知らないカード、使ったことの無いカード、見覚えはあるけれど効果よく知らないな……というカードと遭遇することがあったりします。それらは自分の中のカードプールの外側にある、ほとんど「未知の」カードであると言ってしまってよいと思います。
 
 
この「予期しない」「意識の外にある」「意外な」というような形容は、正直それだけでかなりの意味を持ちます。非常に大きな意味を持ちます。特にフリーデュエルや動画サイトにアップロードする場合においては、相当に強く作用します。
そのあたりについてはまたいずれきちんと分析を文章化できるとよいなあと思っていたりするのですが、今回は控えておきます。
 
 
そういった文字通り「埋もれた」カードと、「予期せず」出会える機会というのが、例えばストレージなのではないかなと思っています。
同じ理屈で、例えばショップのオリジナルパックやカードガチャなどをそういったものとして捉えることもできそうです。
 
 
そして、そういった「予期せず」して視界にヒットするカードが意識外から出現した時には、それをいかに使うか、といったことを考えるようにしています。
どんなに無理のある使い方でも、たとえ6枚、7枚使用するコンボであろうとも、こじつけだろうと下位互換だろうと、何かしらの「使い道」を導出します。
どんなカードであろうとも何かしらのシチュエーションで「使用する」ことを念頭に置かれて作成されているのであり、またどんなカードであろうとも必ず何かしらのステータス・基本情報を持っているのであり、それは決して「使用不可能」なものではありません。
 
 
重要なのは発想を展開する癖をつけることではないか、ということです。
1枚のカードを見た時に、そのカードと接続するカードが多いほど、デッキ構築の幅は広がります。
デッキは1枚からなるものではありません、最低でも40枚のカードが必要となります。そしてその最低40枚のそれぞれに何かしらの関連性が無ければ「ただカードを寄せ集めただけ」、俗に言う「紙束」となってしまいます。
つまり、カード間の結びつきは意識しておくに越したことはないということです。
 
 
ここからは自分の体験談になりますが、こういったカードの連想を繰り返していると、次第に自分の中で何かパターン化のようなものが起き、発想の仕方が系統付けられてくることがあります。
「この手のカードはこう使う」「こういう種類のカードはこういうカードと合う」といったものです。まさしくプレイヤー個人の性格が顕著に出てくるシーンといえるでしょう。
ただしこれは必ずしも自力でのみ見出すものではなく、例えば他プレイヤーの考え方を参考にして、であるとか、あのコンボ面白かったけどちょっと似てるかも、とか、そういった外部から得たパターン化であることも想定されます。
 
 
この「パターン化」がなされると、いわゆる「○○脳」と呼ばれるような状態に近い現象が起こるのではないか、と考えています。
ゼルダ脳」「エグゼ脳」とか呼ばれる、アレです。
障害物の裏に何かメッセージやアイテムが隠されているのではないかとあらぬ箇所を探しまくったり、村人AからZまで尋ね歩いて民家のタンスまでチェックして情報を入手しようとしたりする、アレです。
 
 
「相手の~~によって」と書かれていると、《強制転移》《ギブ&テイク》等コントロール操作を思い浮かべられずにはいられなくなったり。
自分にもリスクのある永続カードを見ると、《氷結界の虎王 ドゥローレン》等のセルフバウンスカードを想像してしまったり。
攻撃力500以下というだけで《デブリ・ドラゴン》が出てきたりします。「リリース」と書いてあるだけで《聖刻龍―トフェニドラゴン》が、「対象」と書いてあるだけで《聖刻龍―ドラゴンヌート》や《青き眼の乙女》が、「800」の倍数を見るだけで《ブラック・ガーデン》が出てきたりします。
 
 
カードを自分なりに「モノにする」ために、最も手っ取り早いのがこの方法であるのではないか、と私はこのごろ考えています。
もちろん、これに縛られっぱなしでは、あまり意味は無いでしょう。かえって視野が狭まり、カードプールは縮こまってしまうかもしれません。
しかしカードの使用方法を考えるにあたって、選択肢が容易に出てくることは、悪いことではないはずです。
 
 
また、何を見てもあのカードを連想してしまうなあ、というような方には、是非そのフェイバリットカードを大事にしていただきたいなあと思うのです。
先にも書きました通り、ここは最もプレイヤーの志向性が出る場面といえるだろう、と私は考えています。
遊戯王という自由度の高いカードゲームにおいて、自分の考えやこだわりを表現するということは、ある意味でとても意義深いことであると思います。
 
 
話が散らかってしまいましたが、遊戯王において「○○脳」というような考え方のパターンはかなりの数あります。
それらを対応するカードが出現するごとに適切に引用できること、そこから次の関連カードを導きだすこと、そういった能力が高いほど、このカードゲームはより「遊べる」ものになるのではないでしょうか。
 
 
 

 
 
 
余談ですが、ストレージを漁るのと同様のノリで、手持ちの「余り」のカードをいじることもけっこう好きだったりします。
こちらは必要な時に必要な物を取り出せるようにするために極力すべてのカードをソート分けするよう心がけているのですが、それでもカード整理の際にはなかなか「意外な」カードが出てくることがあるものだったりします。
 
 
昨日、余りの束の中から《メガ・サンダーボール》というカードを見つけました。
「☆2・風属性・雷族」の通常モンスターです。
 
このモンスターは《融合準備》でサーチが利きます。
☆2なので《ジャンク・シンクロン》で蘇生することができます。
《トランスターン》を発動することで《霞の谷の雷鳥》を特殊召喚できます。
《ジャンク・シンクロン》ns《メガ・サンダーボール》ss《トランスターン》発動《霞の谷の雷鳥》ssの流れに「レベルを1上げる」カードを追加すると、《霞の谷の雷神鬼》のシンクロ条件を満たすことができます。
 
……この思考に意味があるかは怪しいです。っていうかぶっちゃけ無いです。だからどうしたって話です。そうまでして出した雷神鬼だって《強制脱出装置》1枚で終わりなんだよ!
でもこういうこと考えてると楽しいです。いやほんとに。
 
 
 
おわかりな方も多いかと思われますが、けっこう重度のトランスターン脳です。あと星邪脳です。たすけてください(笑)