悠久フィロソフィー

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D.D.外伝第八話

第八話 光と制限
 
 
 遊部ルシナ。
 日野辺むとの。
 デュエルにまるでついていけない二人だったが、その荘厳さに圧倒されてはいた。
「あの、日野辺さん」
「は……はい?」
 ルシナとむとのが顔を合わせる。
 お互い、戸惑ったような、困惑したような――それでも、何か先が読めないでいるような、楽しげな、どこか興奮しているような表情。
 初めて見る勝負。
 初めて知る感覚。
「これ見ていて――どう思う?」
「……」
 まさに目の前で起きている激闘。
 ちょうど眼前に広がっている激動。
「あたしは」
 むとのは声を搾り出した。
「あたしは――よく、分からないので」
「分からないので?」
 追求する奔放風。
 
「なので、今は、ただ見ていたいです」
 
 満足げに笑うルシナ。
 少しはにかんだむとの。
 この二人は会話をやめて、繰り広げられる勝負を見守ることだけに徹することにした。
 
 
 
「ふふ、サファイアドラゴンを出された時点で気付いておくべきだったね」
 得意満面の瀬木。
「そこで昔のストラクチャーデッキに立ち返らないのがきみの浅はかさだよ」
「くっ……」
 タイラント・ドラゴンが消え――竜也の場にモンスターはいなくなった。
 このターンの召喚権も失い、場ががら空きになる。
 ところで。
 
「瀬木」
「何?」
「制限禁止はどうするんだ? 昔のカードは使えないものが多い」
 
 海馬編Volume.2には禁止カードも多い。
 特に際立って凶悪なものも――
 
「あ? そんなんもちろん無視に決まってるだろ?」
「なっ……」
 
 まさか。
「お前、まさかどれがどのデッキか最初から知って」
「さぁて何の話かな」
 主催者には特権がある。
 少なからず、有利な要素が絡む。
 例えば、最初からデッキが分かっているとか。
「この……」
「さあ、リューヤのターンだぜ?」
 しかしもう召喚はできない。
 何も――できない。
 
「ターンエンド」
「おれのターン」
 
 ドローした瀬木は口の端を歪めた。
「ははは、こりゃ一気に攻めさせてもらうよ。ロード・オブ・ドラゴン召喚!」
 
 闇を纏う魔術師が、光の中を縫うように出現する。
 不気味な姿が、二人の空間に降り立って、青い竜と並ぶ。
「どうだ、ドラゴンとその支配者、この連立を見た感想は?」
「別に」
「ひっでー! うっしゃ、容赦しないぜ、バトルフェイズ!」
 
 ドラゴンの支配者とサファイアドラゴンが攻撃態勢に入る。
 だが、竜也にはそれをどうすることもできない。
 
「2体でダイレクトアタック!」
 
 魔術師の放つ波動と、青い竜が生み出す衝撃波。
 その攻撃は、何の障害もなくライフポイントに直撃する。

「ぐっ」
 竜也LP:3950
 
「ふふ、もう半分だね。早い早い」
「このっ……まだ始まったばかりだ」
「始まったばかりなのにそのザマかい、リューヤ?」
 
 少しずつ、瀬木の調子は良くなっていく。
 それが竜也には腹立たしかった。
 
「ターンエンドだ」
「俺のターン、ドロー」
「ははは、そのストラクチャーデッキに入っているカードで」
 
 静かに引いた1枚は、竜也の感情をそのまま表すカード。
 
「この状況を一変できるカードなんて」
 
 ありはしない、と言いかけた瀬木は、刹那にその閃光を見た。
 
「ライトニング・ボルテックス発動」
 
「は」
「手札の創世神の化身を捨て、瀬木、お前の場に存在する表側モンスター全てを破壊する!」
 
 爆音が轟いて、一瞬、世界が真っ白になる。
「うおおっ!?」
 轟音は電撃となり、その身を晒していたロード・オブ・ドラゴンとサファイアドラゴンを塵芥に変えた。
 魔法一撃で、瀬木の場に立っていたモンスターが消えた。
 
「くぅ……そんな強烈カードが入ってたなんてね」
ストラクチャーデッキの内容をロクに把握しないのがお前の浅はかさだ」
 言い捨てて、竜也はさらにカードを手に取る。
 
「まだ終わらない。カイザー・シーホースを攻撃表示で召喚」
 
 ゆっくりと――上体を上げる、二足の海竜。
 その身に宿す光が、特別に際立つ。
 
「バトルフェイズ、カイザー・シーホースで裏側守備表示モンスターを攻撃する」
 
 攻撃態勢に入ってから、カイザー・シーホースが伏せられたモンスターへと突撃を仕掛けた。
 その隠された身が明らかになる――
 前に。
 
「攻撃の無力化を発動」
 
 モンスターの正面に、ぐるぐると渦を巻く穴が出現する。
 海竜はその場で踏みとどまり、攻撃を中止せざるを得なくなった。
 
「危ないな」
「ふん、そのモンスターがそんなに惜しいのか」
 竜也は推測する。
 上級モンスターの召喚に特化したこのデッキを相手にして、しかし下級モンスターの攻撃であるにもかかわらず攻撃の無力化を発動した。
 そうまでして守るべきモンスターというと――何か。
「……」
 考えうるのは、ユニオン。
 あのデッキでは――XYZ-ドラゴン・キャノンを場に出す可能性がある。
 ならばそのうち1体、そう見ることができる。
 だが。
 もしそうならば、さっきの攻撃で反転しなかったのが気がかりになる。
 ライトニング・ボルテックスを忘れていたならば、出来る限りモンスターを多く出してラッシュをかけるはず。ならばあのモンスターは攻撃表示にするのをためらうほど攻撃力が低いモンスター?
 たとえば、死のデッキ破壊ウイルスを引くのを待っている、媒体モンスター。
「あのデッキだと……」
 サギーあたりか?
 何にしても、あのモンスターを破壊することで瀬木に多少なり重圧をかけられる。そんな気がしていた。
 
「リューヤ?」
「ターンエンドだ」
 
 推測は、あるいは無駄なのかもしれない。
 そこにあるのは、根拠のないものなのだから。
 
「おれのターン、ドロー」
 
 瀬木は少しだけ手札を眺めて、そして1枚を場に出す。
「マンジュ・ゴッドを召喚!」
 
 現れるのは、観音像のような天使。
 その無数の手が、四方八方に広がっていく。
 
「マンジュ・ゴッドの効果により、デッキから儀式魔法――白竜降臨を手札に加える!」
 
「白竜降臨……」
 それは、とある最上級モンスターへの布石、の、布石。
 まさかこのターンで出てくるのか、竜也は危惧したが、杞憂だった。
 
「1枚伏せてターン終了だよ」
 
 伏せカード。
 そして場には、攻撃力わずか1400のマンジュ・ゴッドが残っている。
 攻撃を誘っている?
 
「ドロー」
 引いたカードは竜也の決断を後押しした。
 迷っているよりも、前に。
 停滞するよりも、攻撃を。
 竜の一撃を。
 召喚せよ、そう言われた気がしていた。
 
「俺は」
 ドローしたカードを、そのまま、召喚する。
 
「カイザー・シーホースを2体分の生け贄に捧げる」
 
 海竜の装甲からにじみ出ていた光がその輝きを増し、場を包み込む。
「まぶしっ……!」
「きゃっ」
 傍らで見ていたルシナとむとのが声を漏らす。
 そしてその輝きが収束していく。
 そしてその煌きが集結していく。
 一点には巨大な竜。
 
「フェルグラントドラゴンを攻撃表示で召喚!」
 
 光の屑を撒き散らしながら、筋肉質な腕と脚をむき出しにした、金色のフェルグラントドラゴンがフィールドに舞い降りる。
 肩から伸びる翼を揺らしながら、立つ。
「出たな、切り札」瀬木が呟いた。「フェルグラントドラゴンか。いいね」
 
「バトルフェイズ、フェルグラントでマンジュ・ゴッドを攻撃する」
 
 金色に光る竜の巨体が動く。
 脚を畳んで、突進の構えを――
 
「させないよ、エネミーコントローラーを発動する!」
 
 瀬木が叫んで、伏せられていたカードをオープンする。
 対象を自在に操作してみせるコントローラーの先端がフェルグラントドラゴンの胴体に接続され、コマンドが入力されていく。
「↑←↓→A……」
「適当なコマンド言いやがって」
 だがその効果は発揮され、巨竜の体勢は守備的なそれになっていく。
「しのいだね」
「ふん」
 またも、攻撃阻止のカード。
 そこまでして――何を守ろうというのか。
「ターンエンドだ」
「おれのターン、ドロー。1枚伏せて、マンジュ・ゴッドを守備表示に」
 淡々とした進行。
 ともすれば、その一挙を見逃してしまいそうな。
 
「ターン終了だよん」
「俺のターンだ」
 
 まさか、あれもまたモンスターを守るカードなのか。
 だがそれには意味が無い。そうまでして守るべきモンスターは場にいない。
 それに、攻撃を誘うのならばマンジュ・ゴッドを守備表示にはしないはずである。
 よってあれは――ブラフ。
 そう竜也は結論付けた。
 
「ドロー」
 
 そのドローカードで、竜也は結論を実証しに行く。
 
「バトルフェイズ、フェルグラントドラゴンでマンジュ・ゴッドを攻撃!」
 
 繰り返される攻撃宣言。
 また、突撃の姿勢に移る巨大な金色。
 
「ははは、油断したかい、リューヤ!」
 
 突如、瀬木の声が大きくなった。
 そこにあったのは、凶悪的でもあるくらいに、笑顔。
 
 
「リバースカード、オープン!」
 
 
 それは、最も危険視された事象。
 それは、最も懸念されたカード。
 制限禁止を無視したからこそ、その凶暴な素性を表に出す。
 
 
「破壊輪!」