第六話 光と開戦
「デュエルスペース?」
ルシナが鸚鵡返しに聞いた。
「なんですかそれ。決闘場?」
「あ、遊部さん知らないクチ?」
瀬木はかつかつと靴の音を響かせながら、その一角へと歩を進めていく。何も言わずについていくルシナ、部屋の入り口で立ち尽くしてそれを目で追う、むとのと竜也。
本棚。
ケーブルの密集点、そこに、一箇所だけぽかんと空白の床。
そして台。
机のような台が、両端にひとつずつ、設置されていて、その間は空間。
まるで――対峙しているかのような、カウンター。
「まあ、遊びの一種だよ」
瀬木が、壁にあるスイッチを入れて稼動させていく。
何ともつかない何かが、動き出す。
駆動音。
重低音。
「うわっ……」
「ふふ、見るがいい」
驚いたような視線を向けるルシナ。それを、楽しそうに眺めてほくそ笑む瀬木。
竜也が二人に歩み寄っていく後ろを、日野辺むとのが無言でついていく。
集まる四人。
「これこそ! 我が最高傑作群の切り込みたあごうあ!」
「同じことを何度も聞かすな!」
とりあえずエルボーを食らわした竜也だったが、それをものともせず瀬木は立ち上がる。
「遊部さん、カードゲームって知っているかい」
「はあ」
瀬木は白衣の内側から何かを取り出した。
それは、デッキ。
カードの束。
一握りの、山札。
「ここは――というか、これは、カードゲームのイラストをそのままソリッド・ビジョンに変換できる装置でね」
言いながら、そのデッキを台に置く。
一つ、電子音がして、その区域に虹色の光が照射される。
背景となる。
舞台となる。
「こうして山札をセットすることで起動する。ただし――完全に作動するには、両方のカウンターを起動させなくちゃいけないけどね」
瀬木の眼鏡が光っている。
知らぬ間に、むとのが竜也のすぐ後ろにいた。
「ねえ、遊部さん」
「はい?」
「このシステム、どうなるか見てみたいかい?」
誘惑。
それは勧告だった。
遊部ルシナを誘い、呼び込む、言葉。
「……ッ」
それが何を意味するかが分かって、竜也は少し顔をしかめた。
それと対照的に、ルシナは顔を一気に輝かせる。
「はい、ぜひ!」
『奔放風』、ルシナが断るはずもなく。
瀬木はくつくつと笑い、そして言った。
「というわけだ、リューヤ! 相手しろ!」
「断――」
その手から逃げようとした竜也だったが、すぐ後ろにいたむとのに容赦なくしたたかにぶつかった。
「きゃっ」
「おわ!」
転げたむとのの体を支点に、竜也の体が前方へと飛んでいく。
「ぐふっ……」
「ふふん、きみに逃げ場はないよ、勝負以外にはね」
瀬木が猫撫で声で語りかける。
「それにだ、きみだっておれに用があって来たんだろう?」
「……」
正直な話、少しも話題に上っていなかったので意識していなかった。
目的。
用件。
強盗をする奇怪の、話。
「きみが勝ったら――その用件、聞いてやる」
「何?」
「ただし」
竜也が見上げた瀬木の顔は笑っていた。
実に愉快そうな笑顔だった。
「おれが勝ったら、おれの抱えている問題に関与してもらう」
ルシナがおずおずと挙手した。
「あの、問題って」
「問題は問題さ」
「えっとあの、もしかして瀬木さんと木本君で」
「変なこと考えてんじゃねえだろうなお前!」
とりあえず、突っ込んでおく。
しかし話は止まらない。
「悪い話じゃあ、ないだろう?」
「くっ……」
確かに、この取引はどちらにも分があり、非がない。
純粋な勝負。
簡単な勝敗。
「どうだい、たまにはおれと勝負ってのも」
「……」
竜也の判断は、早かった。
「分かった――受けて立つ」
「それでこそリューヤだ」
「だけどな、俺はデッキ持ってねえぞ?」
それこそが最大のネック。
「家まで取りに行かせる気か、お前」
「ふふん、おれを見くびってもらっては困る」
瀬木はそう言って空間――デュエルスペースの台の下を開き、何かをぞろぞろと取り出した。
「なっ……」
「わあ、すごい」
彼が取り出したのは二十三個のデッキだった。
「何度もここに来たくせに知らなかったのかい? ここには常時、これまでに発売されたすべてのストラクチャーデッキが置いてあるということを」
「……ここに来るときはデッキ持参していたんだ、そんなこと知るか」
しかしこれで、ボトルネックはすべて、すべて解決された。
フィールドがあり。
デッキがあり。
プレイヤーが二人。
「条件は同じにしようか。おれもリューヤも、この中からどれかを選んで自分のデッキにする」
「……」
「さあ、選びな」
床に広げられたいくつものデッキ。
そこにあるのはすべて、ストラクチャーデッキ。
ならば内容は――すべて、定まっている。
ゆえにその優劣も――全部決まっている。
デッキが勝敗を分ける。
「――こいつだ」
中央のデッキを右手でつかむ。
「おっと、内容は確認するなよ」
「……何故」
「そのほうがおもしろいだろ。大丈夫、シャッフルはちゃんとしてある」
言いながら自分もデッキを選ぶ瀬木。
「そうだね、これだ」
左のほうにあったものを手に取る。
これで――環境の完成。
「えっと、これで、どうなるんですか?」
「まあ見てなって」
そして二人が配置に付く。
木本竜也と瀬木一、フィールドを挟んで、対峙する。
「デッキをセットして」
「分かってる」
二人が同時にデッキを置いた。
閃光。
しかしそれは実にゆるやかで、あたたかな、光。
フィールドを覆う、採光。
「おお」ルシナは感嘆の声を上げた。「きれーですね」
「ホログラフィックの基本は虹色だからね」
「おい、さっさと始めるぞ」
「せかすなよ、ガラにもない」
勝負が始まる。
すべてを誘導する開戦。
遊部ルシナと日野辺むとのが無言で見守る部屋の中。
日差しが光る、春の陽気。
『デュエル!』
動き出す何か。
この勝負が、その発端となる。