悠久フィロソフィー

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D.D.外伝第七話

第七話 竜と召喚
 
 
 竜也LP:8000
 瀬木LP:8000
 
 
「俺の先攻だ!」竜也が叫んだ。「ドロー!」
 手札を見る。
 仮面竜、創世神、深淵の暗殺者、炎を支配する者にトレード・イン。
 今、ドローしたカードは、邪神の大災害。
「なるほど」
 
 このストラクチャーデッキは――『巨竜の復活』か。
 
 悪くない、制限カードも多いあのデッキなら多少は使える。
 竜也はむしろ瀬木のデッキを気にしながらプレイを始める。
 
「まずは魔法カード、トレ――」
「ちょっと待て、リューヤ」
 
 いきなり声が飛んできて、カードを出しかけた手を止めた。
「……何だ」
 
「お前、まさか、最初のデュエルで魔法カードから発動する気か?」
 
「最初?」
 竜也は何度もこの部屋に来たことがあるし、このシステムで勝負したこともある。
 最初のデュエルははるか以前。
「何を言って」
「おれらじゃねえよ」
 言いながら、瀬木の視線は横へと向けられた。
 部屋の内側。
 立っている、人。
 
「そこの二人にとっては、初めてだろ?」
 
「……」
 遊部ルシナ。
 日野辺むとの。
 勝負を見たことがない彼女たち。
 映像を見たことがない彼女たち。
「き、木本君」
どこか緊張しているようなルシナの言。
「何だよ」
 彼女の目は、大きく、光っていた。
 
「これから、何が始まるんですか?」
 
 そう――この二人は、実体化した映像を、知らない。
 この勝負で、初めて、ソリッドビジョンを目の当たりにする。
「そういうわけだ」瀬木の穏やかな声。
「最初から魔法なんざ使ってたらインパクトに欠けるだろうが。モンスター出せモンスター」
「……仕方ねえな」
 竜也は発動しかけたカードを手札に戻し、別のカードを手に取り――
「お前には、この程度のハンデくらいくれてやる」
 モンスターカードゾーンに置いた。
 
「仮面竜を攻撃表示で召喚」
 
 光が浮き上がる。空間に枠が生じて、線香花火のような閃光が散る。小さな光の群れ。上昇していく。霧散していく。
「え……」
 輝きの粉塵はしかし刹那に消え去ってしまう。
 すぐに、何かがせりあがってくる。それは空間から呼び出されたかのように、虚無から作り出されたかのように、唐突に、しかしゆっくりと、幻想的に、しかしはっきりと示現していく。
 召喚。
 これが――召喚という行為。
「……」
「あ、あれ」
 言葉を失ったルシナとむとのがまず見たものは、仮面。
 だんだんと姿を現してくる、赤い仮面、続いて長い首、筋肉質な胴体に薄い羽根を生やした、体。
 すぐに全身が現れる。
 そこにいたのは、竜。
 仮面を被った――竜。
 
「すっご……」
 
 その感覚は、ルシナがまだ知らないそれだった。
 躍動感。
 高揚感。
 そこにいる。
 まるで本物――竜の姿。
 
「どうよ、二人とも」瀬木の楽しそうな声。「興奮するだろ?」
 
 返事はなかった。
 ただ、見入っていた。
 
「……おい、そろそろ続行していいか」
「ん、まあいいんじゃない」
 竜也はため息をついて、それでも立体映像に釘付けになっている二人を見ていると腹立たしさも薄れていた。
 先ほど発動し損ねたカードを発動する。
 
「俺はトレード・インを発動。手札の創世神をコストにし、カードを2枚ドローする」
 
 手札から創世神のカードを公開して墓地に送り、竜也は2枚カードを引く。
「ターンエンドだ」
「おやおや、伏せカードもなく終了か。まあ、もっともそのデッキじゃ厄介な罠も少ないだろうけどね」
「……」
 竜也のデッキが何なのかは、トレード・インで完全にばれている。
 先に情報を得たのは瀬木のほう。
 
「おれのターンな。ドロー」
 
 奴のデッキは何か?
 ただ、およそ一枚のカードだけでも判別は不可能ではない。なるべく即座にデッキ内容を把握しなければ、この勝負、不利になる。
 竜也の思考が回転を始める中、瀬木はカードをプレイする。
 
サファイアドラゴンを攻撃表示で召喚!」
 
 光輪から浮き出てくる、輝く紺青の竜。光を放つ、その硬質的な装甲は宝石にも似る、下級モンスター最大級の――威圧感。コランダムを纏う小竜。
 竜と竜が対峙する。
「行くぜ、バトルフェイズだ。サファイアドラゴンで仮面竜を攻撃!」
 青い輝きが突進し、仮面竜へと体当たりを見舞った。
 耐え切れず、その体が粒子化して宙に消える。
「くっ」
 
 竜也LP:7500
 
「だが仮面竜は戦闘で破壊された時、デッキから竜を呼ぶ!」
 
 竜也はデッキを手に取り、1枚のカードを抜き出して場に出した。
 現れるのは――それまでよりもまた一回り大きい竜の姿。
 
「俺はダークブレイズドラゴンを攻撃表示で特殊召喚する」
 
 黒い巨竜。
 赤い翼と、立ち並ぶ牙が際立って見える、荘厳な雰囲気。
 
「へ、レベル7のドラゴンか」瀬木は軽く笑った。「だが、その効果を使わなければ、たかだか攻撃力1200の割に合わない木偶だな」
「何とでも言え。お前のターンは終了か?」
「待てよ。1枚カードを伏せる。エンドだ」
 
 サファイアドラゴン。
 瀬木がそれを召喚したということは――あのデッキは。
「『ドラゴンの力』か?」
「さあてね」
 いや、しかし、他にサファイアの入っているストラクチャーデッキも思い当たらない。
 ならば瀬木が使っているのは『ドラゴンの力』なのだろう。
「とすると、その伏せカード」
 考えうる罠カードは限られている。
 だが、ブラフである可能性も高い。何分、ストラクチャーデッキにすぎないのだから。
「おーいリューヤ、お前のターン」
「ああ……ドロー」
 手札を見る。
 だが、そうすぐに行動に移るわけにはいかない。
 
「俺はカードを1枚セット。モンスターを1体裏側守備表示で出す」
 
 裏向きに伏せられたカードが2枚、竜也の場に浮き上がる。
 そして黒い竜も、体勢を変え始める。
 
「ダークブレイズを守備表示に変更してターン終了だ」
「おれのターン、ドロー」
 仮に。
 仮にあのデッキが『ドラゴンの力』であるならば、あの伏せカードは。
 竜也は自問する。
 そして自答する。
「ドラゴンの宝珠……亜空間物質転送装置……」
 記憶を辿り、カードの中を漂い、憶測する。
「停戦協定……アヌビスの呪い?」
 黙考している竜也に瀬木が声を上げた。
 
「バトルフェイズ。サファイアでダークブレイズドラゴンを攻撃」
 
 あっさりと――撃破される、黒い巨体。
 爆散し、宙に塵と消えていく。
「……ふん」
「おれはカードを1枚伏せ、さらに1体、裏守備でセットしてエンドだ」
 また、リバースカード。
 今発動してこなかったということは、停戦協定やドラゴンの宝珠ではない。
 そして、伏せモンスター。
「ちっ、予想の邪魔が入りすぎるな」
「何か言ったかい?」
「何も。俺のターン、ドロー」
 ドローしたカードを一瞥し、竜也はとりあえずの決意を固めた。
 行動に移す。
 
「セットしていた炎の支配者を2体分の生け贄に、タイラント・ドラゴンを召喚する」
 
 隠れていた、炎に包まれた男が一瞬にして姿を消し――現れる巨大な姿。
 圧倒。
 圧倒。
 高圧的な威圧感。
 暴君の竜。
 タイラント・ドラゴン!
 
「おっと、真打登場ってか?」
「バトルフェイズだ。タイラントサファイアドラゴンを攻撃」
 
 巨体が動く。
 地鳴りのような低い唸り声、威嚇するような双眸、そして、駆動を始める竜。
 罠すら効かない、最上級のドラゴン。
 その攻撃は、サファイアドラゴンを一撃の下に粉砕する――
 
 はずだった。
 
 
「リバースカード、オープン!」
「無駄だ、タイラントに罠は通じない」
「へ、よく見やがれってんだ」
 
 竜也は顔を上げた。
 サファイアドラゴンが、タイラント・ドラゴンの胴体をぶち抜いているところだった。
 
「な……」
 
 竜也LP:7050
 
 巨竜が消滅していく。
 栄華は一瞬も訪れることなく――砕け散った。
「甘いな。おれが使ったのはこいつだよ、リューヤ」
 瀬木は墓地の上にあるカードをめくって、竜也に示す。
 
 
「……ッ! 収縮だと?」
 
 
 そこにあったのは、弱体化系カード最高クラスの速攻魔法カード。
 サファイアドラゴンと、収縮。
「瀬木、お前、そのデッキ――」
 結論に至る。
 ここでようやく、二人は互いの情報を均等に揃えたこととなった。
 だがそれには――少々、遅すぎたのかもしれない。
 
「『―海馬編―Volume.2』じゃねぇか!」