悠久フィロソフィー

今ここから 改めますか

あらためツイ録 @20140611

定期的にこういう記事を書こうかなとか思ってるつもりは微塵も無いのですがなぜか月イチくらいになってますね。
波があるのかもしれない。
 
 
また今朝がたぼそぼそ言ってたのでちょっと蒸し返し。
 
 


 
6月11日 05:42 ~ 06:27 のツイート
 
 
(はいっ、ここで笑って!)みたいな寒い誘導入れられるの苦手だなとふと気付いた


いや何が具体的にどういけなくてどういう風になってるとそう「寒い」ことになるのかとか全然わからないんですけど。ただ自分がおもんねーなと思う一定の場合に用いる言葉はだいたいそういう感じになっている気がする


動画とか見てて感じることではあるが普通にテレビ見てても抱く感想だから致し方無いのかなとも思う


それよか最近の漫画に顕著な気がする。特定の作品でクスリともしないのはやっぱりどっか寒いから。もちろんそこで歩み寄ってハードル下げて笑ってあげるくらいのスタンスのほうがwin-winなのかもしれないですけど


昨今多く見られるこの作り手側の「わかってない感じ」を的確に表す言葉は何か無いものか。「つまらん」「寒い」だとちと主観的すぎる気がするんですがねー


一つ考えられるのは微妙なメタレベルでの違和感、すなわち作者の存在が出すぎて「これ面白いでしょ!」という主張が見え見えになっている、というのが挙げられ得るかなーと。それが本当にあまりにもぶっ飛んでれば良い具合の補助なんでしょうけども


土塚埋弘の『清杉』シリーズが1作目「清杉と」及び2作目「清杉よ」から3作目「清杉ろ」と移行するときに思いっきりつまんなくなったなーという一因はこれであるようにも思える


こういう観点での話あんまり聞かないですけど実際それくらいのほうがわかりやすくてウケが良いとかいうことってあるんですかね。ラノベなんかは完全にそういう流れになってるように見える、よく知らんけど


そんなもん知るかよっていうくらいのテンポで振り切ってガンガン行くほうが好きだし、翻ってお前らこういうの好きだろ?みたいな記号的内容ばかり並べられるのはいい加減にしろやという気になる。自分が『戯言』が好きで『物語』が嫌いな原因はたぶんそのへんにあると思う。


今更だけどメタ視点の違和感とかいうのも大概主観的に過ぎますわなー。結局は好みですか。


(エンタメとか小ネタとか言っておきながらこういう理屈っぽい話しかできない奴がいるらしい)


流石に自分の動画くらい、自分が見てて不自然だなーと思うような点は極力排するようにしよう、とは思ってますけども。ただまあこの一連のツイートから盛大なブーメランの群れが飛んでくるのは間違いない #白目


通すほどの我を持ってないのでたぶん大丈夫です


視聴者に対する意識が薄いのかもわからん。ただそれは動画内で反映させることではないだろうとは思う
 


 
 
「面白い動画」作りをしていこうと思うと、何をどうすれば面白いのか、ということを考える羽目になり、ゆえにその考察の基準でもって他動画さんを眺めたりすることがあったりします。
これを主観の押し付けととるか基準の対照ととるかは自由ですが、しかし動画を開いた瞬間から、あるいはこの動画を見てみよう、とカーソルを合わせる瞬間からこういった批判的姿勢になることはほぼありません。
すなわち、「こいつらが面白いかつまらないか私が評価してやるよ」的立場で動画を見始めることはまずない。そんな見方をしていて真に内容を楽しめるとも思えませんし。何だお前っていう話です。
 
 
ではなぜそういった批判、「何が面白いのか・つまらないのか」という考察が起こるかといえば、それはやはりプラスにもマイナスにも「気になる部分」がその動画の中にあるからであろうと考えられます。
そういうわけで今回は自分がどういう時に違和感を覚えるかと考えた結果として、「誘導」という要素を挙げてみたわけです。
 
 
具体的にどの動画さんのどういう部分がどう、と名指しするわけにはいきませんが、「面白いと思ってやってんのかな、面白くないんだけどな」という感想をもってしまうことは時々あるものです。それはもちろんお互い様です。ギャグの意味ではクッソつまらん編集しかできないゴミためとかいますし。
ただ、自分の動画の内容を面白いと思うこと自体に何らの問題も無いということもまた強調しておくべきかと思われます。気になるのはそれを過剰に演出しアピールすることなのであり。
 
 
動画作成の過程でギャグを取り入れるのは面白いと思いますし、撮影時に出てきたネタを執拗に推すのも悪くない。
しかし、自分の・自分たちのネタを可愛がりすぎるのは傍から見ていて乗り切れない場合があるし、乗り切れなかった場合のうすら寒さが耐えがたいものにもなりかねない。
 
 
この感覚は動画より以前にどこかで味わったことがあったような気がするなと思い、よく考え直してみたところ昨今の漫画・アニメ・ラノベ等のコンテンツの何割かでこういった感想を持っていたことを思い出しました。作者が自分のネタをどうもアピールしすぎている感じというのか。
どう言ったらよいのかまだイマイチわかりませんが、こうした感覚は今後もしばらく付き纏ってくるものでしょうし、その都度考えて適切な言葉を見つけていきたいと思っていたりします。はい。
 
 
念の為付け加えておきますが私はいわゆる「日常系4コマ」を代表とするギャグが嫌いなわけではありません。っていうかむしろ好物です。ただ、それらの中にもあたりと外れがあるよなあというだけの話です。GAは好きなのにひだまりスケッチは苦手だったりする、要するにはそれだけのこと。
 
 
結局何が言いたいかといって、面白い作品を作ろう、という意識でもって、「よかれと思って」やったことが、実は案外蛇足で、かえって空振っていたすることもあるから、まあ厄介ですよねと。
有名どころというか大御所さんというか、伸びているところはそのへんの制御がやっぱり上手いなあと感じます。面白いもん。
特に遊戯王動画とかいうだいぶ狭い界隈では相対的にこの効果は上がるのだと思います。
 
 
再生・コメント・マイリス・ランキングと、明確に数値が叩き出される分野ではあり、その威力に妨げられて冷静な判断ができないことも多々あるものです。特に数値が大きい場合が問題で、嫉妬であったり不平不満であったりが噴出することもありますし、あるいは逆に大した内容でもないのに感心してしまったりもします。先入観やイメージにも左右されますし、むしろそういった枠組みに身を任せたほうが見ているぶんには楽なのかもしれません。
ただ、いくらそういったバイアスがかかっていようと、個人的につまらんと思う要素があればそれをつまらんと思うのであり、それは当然のことであって、糾弾すべき点ではない。同時に、いくらそれをつまらんと思ったところで直接的に「それは寒いだけだから」と指摘するのもまたお門違いというか。
 
 
最終的に到達するのは、「人の振り見て我が振り直せ」、よそでつまんねーなと思った内容は自分のとこで取り扱わないようにする、程度に落ち着くのかなあと目下思っていたりします。動画に限った話でなく、また悪い側面に限った話でもないのですけどね。