雑記「好きな卍解の話」
喪中につき新年のお祝いはご容赦させていただきます。
本年もよろしくお願いいたします。
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— 久保帯人&スタッフ (@tite_official) 2026年1月1日
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まあ今更どういう漫画かを話す必要は皆無でしょう。
今見返すと少年漫画・ジャンプ作品としてすら異質な雰囲気、独自の世界観、デザインと言語センスを備えた尖りまくりの漫画だと感じます。その割にストーリー進行はちゃんと王道だし、キャラもの・能力バトルものとしての多彩さは非常に充実しているし、ほんといくつかの見過ごせないアラに全部目をつむればこれ単体でものすごいコンテンツだよなあと感服するばかり。
人生史的にはなんだかんだで連載通して追っていた形になるので、自分の中にもそれなりに影響が残っているなと思います。
自分がBLEACHの中で最も評価しているのはデザインと言語センスの面なのですが、「語感の良さ」「字面の良さ」へのセンサーは実際だいぶここで培われたように感じます。
この作品の言葉遣い、特に技名や用語名における特色として「書いてある漢字をそのまま読む」例と「特殊なルビを振る」例をどちらも使い分けているという点が大きいと個人的には考えていて、その感覚が心地よい。というかやっぱり最近のネーミングには安直に変なルビ使い過ぎだよなあと思ったりします(脱線)
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で、表題の件。
何年か前に「始解・卍解・帰刃投票企画」というものが行われていました。
※現在投票企画は終了しています(当たり前)
※私は投票結果発表を今初めて見ました
偶然なのですがこの企画の少し前、何かの折に自分でも(自分の好きな卍解ってなんだろうな)と考えていたことを覚えています。
とにかく存在感が大きいのはやはり「卍解」なのです。
名前やデザインの派手さ・意味深さ、性能の段違いな規模感、「始解」から連なる進化・発展の様子とキャラクター表現、ストーリー上で果たした役割、などなど、単なる「奥義」「必殺技」にとどまらない強烈な”華”があります。
これを踏まえての『あなたの好きな「卍解」は何ですか』という問い。「好きなキャラ」を問うのとは異なるのが絶妙です。
私は声を大にして言いたい。
好きな卍解を決めるの、難しすぎる。
これ全然良い意味で言っていません。理由は以下。
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※無用とは思いますが当然ネタバレを前提に話しますので未読の方はご注意。
先ほど「卍解」の良さを書き連ねましたが、当然良くないところもあります。というかそれはひいては、このBLEACHという作品自体の看過しがたいマイナスポイントにも関わってくるものですらあります。
端的に言って、必ずどこかに無視できないレベルのケチが付くようになっている。
これは作品そのものの瑕であって、「始解」「帰刃」ほか様々な要素にも共通します。
私はこの作品においてとりわけデザインと言語センスを評価していると先述しました。そしてなまじデザイン面で突出したセンスを見せているからこそ、ついて回る細かいアヤがものすごく目に付く、みたいなところがある。
完璧であれというつもりは全くありませんが、ご愛嬌として受け入れるにはどうにも悪目立ちが過ぎる。
パターンがいくつかあります。
1.(ただカッコいいだけで)なんでもなさすぎる、よくわからない
2.作中での扱いが悪すぎる/贔屓されすぎている
3.性能が微妙すぎる/チートが過ぎる
4.それまでやっていることと代わり映えしない
例えば主人公・黒崎一護の『天鎖斬月』なんてそのものズバリ「1」で、見た目超スマートで物語的にもウルトラ映えを見せているにも関わらず結局どういうことができるのか・何が固有の強みだったのか最後までいまいちピンと来なかった。「なんかすごい速くてなんかすごい強くて立派な技(月牙)が撃てる」以上の具体的イメージが無いです。グリムジョーとかも似た印象。
逆に変に強さの解説に言葉を尽くされると浦原の『観音開紅姫改メ』とか愛染の『鏡花水月』みたいな何でもありどチートになりがちで、これは「3」に該当します。かと思えばバラガンの『髑髏大帝』みたいなあまりにも雑すぎなこれはこれでチートという例もあったりする。
扱いが悪すぎる顕著なものとしてさんざんネタにされている『鐵拳断風』とか『龍紋鬼灯丸』は有名ですし、『大紅蓮氷輪丸』とかは使用者含めて優遇の感が拭えずバランス悪し。このへんが「2」。
これらを掻い潜っても『千本桜景厳』あたりは(作中でも言及されてましたが)やってることが始解とそんなに変わらなかったりしてちょっと物足りないと思ってしまう。こういうのを「4」に想定。
重箱の隅をつつくというほどの粗探しをしているつもりもないのですが、こういう難癖がどんどん出てくる。
繰り返しますが、この作品の下地にはデザインと言語センスが迸っています。
設計は途轍もなく優れているのです。またそれに基づくハイセンスな応酬や展開が期待されて然るべきなわけです。
であるがゆえに、単純な数値比較のバトルに落ち着いてしまうのは、あくまで個人的にはですがどこかモヤッとしてしまう。多彩なキャラクターと能力を展開しておきながら結局最後は腕っぷしになったり、枠組みを超えたインチキ性能を後出しして解決したり、みたいになるのはなんか違うくない?と思ってしまう。
更木剣八や山本元柳斎重國みたいなただ強いキャラを否定するわけではないですが、彼らにしてもその強さの根拠を示してもらわないと結局困る。「白哉と二人で超がんばってヤミー倒しました、だから剣八は強いのです」とか全然何も伝わってこない。
このあたりは最終盤でぶっ飛び性能の滅却師がぞろぞろ出てきてなおのこと顕著に感じる部分だったりします。
「強すぎるだけ」では「納得」できないわけです。
斯様に私は描かれる強さに「納得」を求めている。
そしてこれは現代の価値観として一定のシーンに見られるものではないかとも感じています。
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ことに私は遊戯王OCGをプレイする人間であるのでカードゲーム的な見方をしてみるのですが、例えば「このカードは強すぎるから使いたくない」という考えを抱くシーンはいつの時代もそれなりに発生するものです。
それは度を越えたパワーがあるものに向けての「このカードを使ってまで勝ちたくない」「こんなカードで勝っても面白くない」というような感情が大元にあるので、「何が何でも白星が欲しい」という切羽詰まった環境に身を置いていないがゆえのワガママであるともいえます。
そこにあるのは自分の尺度に照らした際の「納得」の行かなさなのではないかと思います。
ただ勝ちさえすればそれでよい、というのではなく、もっと過程や理念(≒プレイングや構築)に軸足を据えた、内容を楽しむような姿勢を好む層もいて、そういうスタンスに根差していると、度を越えて性能が高かったり強さの質が悪かったりするものに対してケチが付き、果てには許容できない気持ちが起こり得る、という話です。
特に遊戯王に関しては立派な歴史と多彩なカードプール・カードデザインを誇るコンテンツですので、個性を殺すような発想については一層敏感になりやすいのかなというところ。
「好きな卍解の話」と「好きなカード・デッキ構築の話」は、こういう一歩踏み込んだオタク評論事情という意味で案外通ずるものがあるように思います。
もちろん好きなスタンドだろうが好きな領域展開だろうが好きなマテリアルパズルだろうが、まあ大体似たようなことになるとは思いますが、そう思うと卍解ってめちゃくちゃキャッチーで扱いやすいな、と思った次第。
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ちなみに私が当時出していた意見はこちら。
九番隊 隊長 東仙要「清虫終式・閻魔蟋蟀」に投票しました!#BLEACHと出会った日 #KlubOutsidehttps://t.co/wC3aAqjonc
— 改@秋例お疲れ様でした (@kaiaratame) 2022年7月14日
・純粋なパワーやスピードの押し付けよりも搦め手寄りであること
— 改@秋例お疲れ様でした (@kaiaratame) 2022年7月14日
・強さの理屈に納得ができること(≒ぶっとんだチートになりすぎないこと)
・作中で使用されたシーンがお粗末でないこと
・ネーミングセンス、特に始解時点からの発展の様子
などの理由から。東仙は別にそんなに好きじゃないです←
他候補
— 改@秋例お疲れ様でした (@kaiaratame) 2022年7月14日
・逆撫
作中での扱いがあまりに不憫 卍解は好き
・雀蜂雷公鞭
キャラや始解とのギャップがいっそ気持ち良い
・花天狂骨枯松心中
語感だけパッと出てきた
・グロトネリア
字面(喰虚)がよい
・ブルヘリア
性癖
・観音開紅姫改メ
名前の繋がりもあるのでだいぶ惜しかったがちょっとチートすぎた
正味今でもそんなに変わらないです。
強いて当時書いてないことを挙げるなら「卍解としての一歩進んだ”格”があること」がけっこう大きいファクターでしょうか。
まあしかし、ここまで色々書いてきたことを踏まえて投票結果を見てみると、なんというか確かにそうかもしれん、と思わされる結果であるような気もします。
↓
何にせよ一度「好きな卍解は何か?」そして「それはなぜか?」について考えてみると案外面白いかもしれません。きっと難しいです。
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まあ別にそんなに熱を入れて語るほど好きな漫画っていうわけでもないんですけどね。単行本全然持ってないし、アランカル編の序盤とかちゃんと読んでないし、その他媒体に触れているわけでもないし……
いつしかネットミームの宝庫としてインターネット義務教育みたいな扱いになっている側面があるので(賛否)、結果的に履修しておきがいのあった作品ではあったのかもしれんです。
異常なほど貫禄のあったころの夜一さんが好きです
もっと言えばそんなにジャンプっ子というわけでもないんですが、さすがに時代が時代だったので有力作品には一定の馴染みがあるものです。
そういう意味では今年はサイレンのアニメ化(というかもはや今の時代に再度扱われること自体)とワートリのリブートが楽しみ。
良い一年にしていきましょう。